クラフトビールの醸造工程で出る
モルト粕をアップサイクルして紙に!
地域の課題解決策が世界へ伝播する
- 松坂 匠記・良美さん Shoki&Yoshimi Matsuzaka
- 株式会社kitafuku 代表取締役/取締役

- 松坂 匠記・良美さん Shoki&Yoshimi Matsuzaka
- 株式会社kitafuku 代表取締役/取締役
ビールの醸造過程で出る麦芽の絞り粕である“モルト粕”をアップサイクルして『クラフトビールペーパー』を製造し、海外からも注目を集めはじめているスタートアップ企業がある。クラフトビールが盛んな神奈川県横浜市で松坂匠記さんと良美さんが夫婦で起業した株式会社kitafukuだ。地域の特産品から出た廃棄物を地域で循環させるサーキュラーエコノミーの取り組みを取材した。
ビールの醸造過程で出る麦芽の絞り粕である“モルト粕”をアップサイクルして『クラフトビールペーパー』を製造し、海外からも注目を集めはじめているスタートアップ企業がある。クラフトビールが盛んな神奈川県横浜市で松坂匠記さんと良美さんが夫婦で起業した株式会社kitafukuだ。地域の特産品から出た廃棄物を地域で循環させるサーキュラーエコノミーの取り組みを取材した。
互いの生まれ育った地域も、
今暮らす町も大切にしたい。
その気持ちが原点
システムエンジニアとして勤めていたIT会社で知り合い、共に独立した松坂夫妻。フリーランスのITコンサルタントとして仕事を請け負う傍ら、「目の前の人が困っているのをどうにかしてあげたい」という共通の性分から、自分たちの目の前に次々現れる「身近な誰かの課題」の解消に日々奔走している。
「妻は北海道の出身で、私は福岡の出身なのですが、お互いの地元を大切にしながら、今暮らしている地域も大切にしていきたい。そんな思いから“北”と“福”をとって会社名をkitafukuと付けました。」
kitafukuで取り組んでいきたいのは、地域の課題解決。そのために、自分たちの持つITのスキルや経験、知識、ノウハウなどを使っていきたいと匠記さんは語ってくれた。
そんなふたりは大のビール好き。クラフトビールが盛んな横浜の地で、コミュニティの運営やイベントの企画を重ねているうちに、ビールを作るときに出るモルト粕が、ブルワリーを営む人たちの大きな悩みの種になっていることを知った。地域の特産品として市場を広げているクラフトビールの裏側で抱えている地域の課題。これは、自分たちが取り組んでいくべき課題ではないかとふたりは考えた。

1回の醸造で大量に出る
モルト粕の廃棄に悩む
ブルワリーを助けたい
「1回ビールを作るのに出るモルト粕は100kg~200kg。月に2~3トン出るブルワリーもあります。農村エリアでは畑にまく肥料にするところもあるのですが、横浜の中心部には近くに田んぼや畑もありません。なので、ここで出たモルト粕は全て焼却処分をするしかなく、CO2のことなどを考えると、ブルワリーの方々の悩みの種になっていたんです」と、良美さん。
この日の取材場所として訪れた、みなとみらいのハンマーヘッドでクラフトビールを提供するNUMBER NINE BREWERYでも、当時、ビールを作るたびに出るモルト粕の廃棄に頭を悩ませていたという。さまざまなところに電話をして、引き取ってもらえるところを探したが、遠方へ持ち込むとなるとその費用もバカにならなかった。
匠記さんと良美さんはこのモルト粕の廃棄問題を地域のためにどうにかしたいと考え、解決するための方法をあの手この手と考えた。
「当時はITのスキルを使って、引き取り先とのマッチングを行うプラットフォームを作ってみようか、食べ物にできないか、畑の多い山梨まで運べないかなど、さまざまな解決方法を考えました。そのうちのひとつとして、“紙に混ぜる”という案が浮上したんです。」

モルト粕が、お店で活用できる
おしゃれなメニュー表や
ビールのギフトボックスに
新たな試みに協力してくれる製紙会社は見つかったものの、製品化は一筋縄ではいかなかった。モルト粕を濡れた状態で長期間保管をして、カビさせてしまったこともあった。
「モルト粕は、ビールの粕として濡れた状態で排出され、しかも発酵が進んでいくので腐敗が進みやすい。パルプに混ぜ込みすぎても繊維が粗くなりすぎて印刷用の紙としてうまく機能しない。製品としての品質を保つのにとても苦労しました」と、ふたりは言う。
「試行錯誤の末、現在は紙全体に対してモルト粕6%を適切な割合としています。もっと入れられないのかという声もありますが、6%は結構多い方なんです。印刷適正といって、印刷会社で安定した品質を出せるのがその割合でした。」
そうして完成したクラフトビールペーパーは、NUMBER NINE BREWERYをはじめとするクラフトビールブルワリーのメニュー表やギフトボックスなどに展開され、良い循環を生み出している。
「モルトは、大麦を発芽させた麦芽のことなのですが、ビールを作っている身としては、そのモルトという命あるものが粕となって大量に捨てられていくということに罪の意識のようなものがありました」と、NUMBER NINE BREWERYのブルワーである若田部駿介さんも、モルト粕の廃棄に対して感じていた胸の内を語ってくれた。
「それがクラフトビールペーパーに生まれ変わり、メニュー表やギフトボックスとして再びお店に戻ってくる。その循環の実現には素直に感動しましたし、これからも使い続けていきたいと思っています。」


日本発の「クラフトビール
ペーパー」がビール大国の
ドイツでも話題に
「今、クラフトビールペーパーを1回製造するのにモルト粕を100kgほど使用しています。多く製造できれば多くのモルト粕を回収できるのですが、紙を作り過ぎて余らせてもいけません。製造したクラフトビールペーパーを使ってくれる方を見つけるのが次のハードルでした。」と、良美さん。
現在、kitafukuではクラフトビールペーパーの製品展開に注力。ブルワリーに限らず、独特の色合いがおしゃれなペーパーとしての販売、ノートなどに製品化しての販売、名刺やポストカード、コースターなどとして個人や企業への注文販売も行なっている。
また、最近はクラフトビール以外のお酒の醸造で出る廃棄物も対象にするほか、ライセンスモデルも生まれているのだという。
ウイスキーの製造工程で発生するモルト粕を紙にできないかという相談から、サントリーパブリシティサービス株式会社とウイスキーペーパーの共同開発を行い、この夏に発表。他にもメーカーや店舗からクラフトビールペーパーを使ったノベルティを作りたいなどの相談も増えてきている。
さらには、海外から声が掛かって、現地でクラフトビールペーパーを作るためのアドバイス、コンサルティングに行くという仕事も発生し始めているという。もともと日本のひとつの町の地域課題から生まれたクラフトビールペーパーが、今や世界各地から注目を集めるきっかけとなったのは、ドイツ国営メディアによる取材だった。
ビールの本場であるドイツで「ビールの副産物を紙にする」という日本のスタートアップの取り組みが紹介されると、「自国でもはじめたい」と各地から問い合わせがくるように。
「まさか、ドイツやエジプトから連絡が来るとは思いませんでした」と、本人たちも驚きを隠さない。
「先週はお声がけをいただき、出張で台湾へ行ってきました。一番遠いところでブラジル、またモザンビークやフィンランドからもお話をいただいています。」


1人の100歩よりも
100人の1歩が、
地域の廃棄物を減らしていく
松坂夫妻の生み出した、見た目もおしゃれなクラフトビールペーパー。そのデザイン性の高さ、地域で生じた廃棄物をアップサイクルしているという背景は、地域のビールを飲まない世代の心もつかみ始めている。
「最近は、学生さんから、探求科目でクラフトビールペーパーをテーマに書きたいと連絡をいただくことや、小学生が関心を抱いているので講演にきてくださいと小学校から連絡をいただくことも。商業施設のイベントで子ども向けの塗り絵のワークショップの用紙に使いたいなど、絶対にビールを飲めない世代からも受け入れられる、面白い展開が生まれています。」と、匠記さん。
「講演や授業などで私がお伝えしているのは、“1人の100歩よりも、100人の1歩”だということです。私たちの活動だけでは、全てのごみは無くならない。でも、みんなが少しずつ分別をしたり、資源回収にまわしたり、小さな取り組みを重ねることで、廃棄物が減っていく。スモールステップだとしても、プレイヤーが増えることで、少しずつ変化が生まれてきているのではないかと感じています。」

「本当にいいもの」を地域の人と
一緒に作って需要を増やす。
真摯な姿勢が世界に伝播する
松坂夫妻がクラフトビールペーパーを製造していくにあたり、大事にしていることはたくさんある。まずは、「使い切れる分だけ作る」こと。
「たくさん作って在庫を抱えていくことは、果たして環境にいいのか、と。事業成長を考えると大量に作れるのが理想ですが、作ったものが使われずに余ることがないように気を付けています。」
次に、「本当にいいものを作る」こと。
「デザインがかっこいい、おしゃれだなと思って気に入って使い始めたら、実は環境に良い商品だったんだと気づくという“順番”を意識して作っています。私たちは、サーキュラーエコノミーだから、エコだから、買ってくださいということが先に立つコミュニケーションはしていません。本当に良いものを作って使ってもらいたい。その結果、少しでも地球が良くなっていく循環へとつながっていけばいいと思っています。」
「投資家さんやビジネスコンテストの審査員の方々には、『それ儲かるの?』と100%聞かれます。けれど、自分たちはどれだけ儲かるかという基準を主軸とするのではなく、誰もやっていないし、誰かがチャレンジをしないといけない領域で、課題を解決したくてこのビジネスに取り組んでいる。その上で数年後には実績を作って見せるというのを経営者としてやっていくべきだと強く思っています。」
そして、「地域の人たちと二人三脚で進めていく」ことを何よりも大切にしているふたりは、「声を掛けられたら基本的にはすべて行く」のだそうだ。地域のイベントでも、ワークショップでも、ブルワリ―の集まりでも。直接的な利益がなくても、目の前の人の役に立てたら、それが次のご縁へとつながっていく。お金や効率よりも誰と、どんな気持ちで取り組むか。その丁寧な人との関わりこそが、kitafukuの「伴走型の地域連携」の本質だ。
匠記さんに今後のビジョンを尋ねると、こう答えが返ってきた。
「クラフトビールの文化は海外から入ってきたものですが、このクラフトビールのアップサイクルの文化は、逆に日本から海外に輸出していきたい。」
地域で発生したものを、その地域で余すことなく消費し循環させる。デザイン性にもこだわり、人が「ほしい」と思える商品に仕立てていく。それを地域の人たちと一緒に楽しみながら形にしていく。その一つひとつの真摯な取り組みが、サーキュラーエコノミーな街づくりへとつながる。
kitafukuのふたりの地域の課題解決にかける想いは今、クラフトビールペーパーを通して静かに世界の地域へと広がっている。

Well-living
Rule実践者たちの
マイルール
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- 相談者と同じゴールを見る
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- 強みを活かして役割分担をする
- 家庭と子育てを最優先にする
PROFILE
- 松坂匠記・良美さん Shoki&Yoshimi Matsuzaka
- 株式会社kitafuku 代表取締役/取締役
匠記さんは福岡県北九州市出身、良美さんは北海道旭川市出身。現在は、神奈川県横浜市在住。共にIT企業にてシステムエンジニアとして従事した後、2017年にフリーランスとして独立。2019年に株式会社kitafukuを設立。クラフトビールのモルト粕を活用した再生紙事業を手掛ける。横浜発のアップサイクルの取り組みであるビールの副産物から生まれる「クラフトビールペーパー」は、日本だけではなく海外からも注目されている。
取材・文/木崎ミドリ 撮影/鮫島亜希子 編集/丸山央里絵
- KEYWORD
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