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INTERVIEW今、注目のウェルリビングの実践者
2023.10.16

どんぐりから森を育てる。
自宅やオフィスで育てた苗木で
災害リスクの低い山づくりを

奥川季花さん Tokika Okugawa
株式会社ソマノベース 代表取締役
奥川季花さん Tokika Okugawa
株式会社ソマノベース 代表取締役

山火事に土砂災害など、温暖化をはじめとした自然環境の変化により、近年多くの人的被害が生まれている。高校時代に土砂災害で友人を亡くした過去を持つ、株式会社ソマノベース代表取締役の奥川季花さんは「土砂災害による人的被害をゼロにする」をビジョンに掲げ、起業を果たす。植林の新しい仕組みである『MODRINAE(戻り苗)』プロジェクトによって、林業に新風を巻き起こしている彼女の活動を取材した。

山火事に土砂災害など、温暖化をはじめとした自然環境の変化により、近年多くの人的被害が生まれている。高校時代に土砂災害で友人を亡くした過去を持つ、株式会社ソマノベース代表取締役の奥川季花さんは「土砂災害による人的被害をゼロにする」をビジョンに掲げ、起業を果たす。植林の新しい仕組みである『MODRINAE(戻り苗)』プロジェクトによって、林業に新風を巻き起こしている彼女の活動を取材した。

人と森の循環を取り戻す。
そのために生み出した
観葉植物の新しいカタチ

株式会社ソマノベースの奥川季花(ときか)さんたちが取り組んでいるのは、「土砂災害リスクの低い山づくり」だ。

近年、日本では新たな素材や海外からの輸入木材の台頭により、国産木材の需要が低下。そのため、お金や人が回せず、伐採後の山地の6割以上が植林されず放置されてしまっている。地元で家を建てたり道具にしたり、「伐って、植える」という昔からあった循環が生まれず管理されない山が増加したことが、土砂災害を引き起こす大きな要因になっているのだという。

奥川さん率いるソマノベースが立ち上げた『MODRINAE(戻り苗)』は、そんな失われつつある「人と森の循環」を再び回そうとする仕組みだ。

購入者が和歌山の森で採れたどんぐりを専用の鉢で芽吹かせ、観葉植物として2年かけて育ててから、その苗木を植林して森へ還す参加型のサービス、MODRINAE。専用の鉢は、育った苗が戻る場所である和歌山県田辺市の国産ヒノキ材で造られている。50年前に芽吹き、育った天然木材を削った板を組み合わせて田辺市の職人が完成させた鉢に入れて、室内で気軽に苗木を育てることができる。

今、北海道から鹿児島まで、自宅やオフィスなどさまざまな場所でこの苗木が育てられている。木が植えられないまま放置されている山へ植林されるその1本1本が、CO2の削減や生物多様性の保護につながり、土砂災害のリスクの低い山づくりへと貢献していくのだ。

『MODRINAE(戻り苗)』は多くの方との世界観の共有をめざして、プロダクトデザインにもこだわっている

土砂災害で友人を失った。
傷ついた地元を見て
自分にやれること探し続けた

「ソマノベースは、山づくりで人的被害をゼロにするということを目指しているのですが、その背景には、2011年に和歌山県紀伊半島で起きた大規模な水害の経験があります。地元が土砂災害や洪水で被災したのですが、私はそこで友人を失いました。」と、奥川さんは語る。

「川が氾濫し、土砂が家の中まで入ってきて、私の家も2階の天井裏ギリギリまで泥だらけになりました。電話で友達が行方不明だというのを聞いて、居てもたってもいられなくなり外へ出たのですが、危険だからとそのエリアには立ち入ることもできず。当時、高校1年生だった自分は何もできなくて、それがとても悔しくて。」

それまでは地元が嫌いだったという奥川さん。早くこんな田舎から出ていきたいと思っていたというが、この体験をきっかけに、どうしたら地元を良くできるかを考えるようになった。命を失ってしまった友人のような人を出さないためには何ができるだろう。地元の人たちのために、自分は何ができるだろう。そんな思いから、奥川さんは地域の大人たちに会いに行くようになる。

奥川さんの地元の風景。熊野川のある景色と、伐採後に植林されず放置されてしまっている山肌。学び続けていく中で奥川さんは、管理されない山が増加することが、土砂崩れのリスクの増加につながっているのだと知った(写真提供:株式会社ソマノベース)

地元の人々に話を聞き、
文献を読み漁り、
課題の本質に迫っていった

主婦に政治家、学校の先生に学生など、さまざまな人に話を聞き、地元を見つめ直す作業を行う中で、大学生が農家を巻き込んで行っている「熊野川奨学米」というプロジェクトの存在も知った。奥川さんの地元は、山を出るのに4時間かかるような田舎だ。奨学米はそんな、外の世界に出る機会の少ない子どもたちのために、地域で採れたお米の売り上げから高校生の海外留学費用を出すという企画だ。

「学生から大人まで、さまざまな人が地元のために動いているのだと実感しました。私も奨学米で海外留学をさせてもらい、刺激を受け、大学受験は考えていなかったのですが、帰ってきてから急いで勉強し、大学へ進むことにしました。」

大学入学後は、ソーシャルビジネス系のコンテストの運営や、企業のCSR活動の学生事務局、創業1年目のベンチャー企業でインターンをするなど、精力的に活動を行った。

大学の図書館にこもり、災害や林業に関する本を読み漁り、土砂災害や山づくりに関する情報も集めた。しかし、文献やネット検索では山づくりのリアルな情報には出会えなかったと奥川さんはいう。

「現場でどういうことが起きていて、山が崩れやすくなるのはどういう時なのか、などの情報にたどり着けず、課題の本質に辿り着けないもどかしさがありました。なので、もう行くしかないと思って、和歌山の林業家さんのところにインターンをさせてもらうことにしました。」

「現場を大事にする」と、語る奥川さん。机上での学びだけではわからないことを知るために、林業の現場、災害の現場に足を運ぶ

リアルな情報を求め
林業の現場へ飛び込み、
重機の運転まで身に着ける

「行くしかない」そう心に決めて林業の現場へ足を踏み入れた奥川さん。実際の自分の目で見て、作業を担う中で見せる彼女の本気度は、徐々に林業家たちに認められていく。

「私、重機の運転もできるようになったんですよ」と、奥川さんは笑う。大学のある京都から和歌山に通い、山の現状を知り、林業家さんの実態を知っていくにつれ、「私はこの林業で、土砂災害のリスクを減らすことをやっていこう」という思いはますます強くなっていった。

大学卒業後は1年ほどベンチャー企業での就業を経験し、2020年にソマノベースの活動を開始した。拠点を東京に移し、趣旨に賛同し活動に加わってくれている仲間も集まった。フラットな人間関係のもと、日々新しいアイデアを出し合い、形にしていく。試行錯誤を繰り返す中で、仲間内から生まれてきたのが『MODRINAE(戻り苗)』のアイデアだった。

ビジネスコンテストに応募し、企画がブロンズ賞に輝くと、そこを起点にソマノベースの活動は一気に加速する。人気アーティストがYouTubeで紹介をしてくれたり、クラウドファンディングのプラットフォームが主催するイベントで紹介されたりしたことも後押しになり、MODRINAEへの問い合わせは100件を超えるようになる。

「この波に乗るしかない!と、皆で必死に突き進みました。ソマノベースも法人化し、どんぐりを集める仕組みや、苗木の大量出荷の仕組みも作って。MODRINAEのアイデアを最初に出してくれた社内のデザイナーはもともとグラフィックのデザイナーなんですけど、気づいたらプロダクトデザインやWEBサイトのデザインなども全部やってもらうことになったりして。まさに、みんなで走りながら考えようという感じでした。」

「会社名のソマノベースは、杣(そま)から名づけました。杣とは、樹木を植え付けて材木を取る山のこと。ベースは、人が集まる基地という意味です」と、奥川さん

未来の山づくりのために
次々と生まれる
山と人をつなぐ事業の数々

育てた苗木を自らの手で植林できるツアーや、どんぐり拾いのツアーも大盛況だ。

「どんぐり拾いでは、意外と大人の方がすごく本気で拾ってくれて、毎回とても盛り上がります。やり始めると愛着がわくのか、その後もどんぐりや苗木、山のことを心配してくれるようになったりします。」人と森をつなぐきっかけにしたい。奥川さんたちの思いは、多くの人に届きはじめている。

一方、ソマノベースでは企業向けにもMODRINAEの販売を行うとともに、CSR活動の中に入り、コンサルティングや研修、新規事業を立ち上げる際のアドバイス、商品開発の支援も行っている。自治体の手掛ける木育の一貫で、山や林業に関する講義を担当することもある。

「オフィス全体の緑化をできないか、森林×ITというような文脈で新しい木育の形が作れないか、などさまざまな相談があり、日々たくさんのプロジェクトが生まれています。」

奥川さんのもとには、企業から林業家さんとの間をつないでほしいという依頼も多く届く。

「森に関わりたいと思ってくれている個人や企業の方って、実は結構いらっしゃるんです。でも、みんなどう関わっていいかわからない、関わってみたけれど林業家さんとの協力体制がうまく築けないなど、‟入ろうとしているのに入れない“というご相談を多く受けます。」

都会の大企業と地域の林業家とでは、使う言葉の種類も働く環境も大きく異なる。そのつなぎ役としての介在価値を、奥川さんたちは感じ始めているという。

MODRINAEで育てた苗木は、植林可能なサイズになる2年後にソマノベースへ送ると、協力してくれている林業家の手で和歌山の山林に植林される。ユーザーは育てた苗木を自分で植える「植林ツアー」に参加したり、同じ地域の山で育った「木材製品」を購入したりもできる(下の写真提供:株式会社ソマノベース)

林業界の架け橋になり、
閉ざされている森の
世界をひらいていきたい

林業界という閉ざされた世界だからこそ、競合や新規参入者がほとんどいないというのが、ソマノベースの置かれたビジネス環境だ。面白い世界だと語る一方で、林業の当事者たちにたくさん会うことを通して、業界に対する責任感が芽生えていると奥川さんは語る。

「林業家さんとお話していると、本当は息子に継がせたかったが、この業界はもう終わると思ったから継がせなかった。でも今、君たちのことを知って継がせればよかったと後悔している、と泣かれる方もいて……。」

業界のために何ができるかを、奥川さんは考え、動き続けている。

「今、若手起業家を林業に増やすようなプロジェクトも手掛けています。私たちからすると競合になっていくかもしれませんが、一緒に林業を盛り上げていける競合は、増やしていけたらと思っています」

そして、満を持して林業界の流通の問題にも取り組み始めた。

「木を切る人、製材する人、その間に運送業者さんがいる。これが林業の一番ミニマムの流れです。その先に、製材所から材木店、材木店との間に運送業者がいて、場合によってはその間にそれぞれ市場があります。国産木材は製品になるまでの時間が長いし、ステークホルダーがとても多いんですね。」

その木材流通の流れの中で、起点となる山の人たちにお金が返っていないというのが一番の問題だと、奥川さんは言葉に力を込める。

「一番危ないことをやって、大変な思いをしている人たちにお金を戻したい。そのために、木材の流通の仕組みを整理して、効率化できるところはないかを探るプロジェクトに今、力を入れています。とても複雑な作業ですが、林業をきちんと復興していくためには、踏み込んでいかなくてはいけない部分だと感じています。」

全体の流れを見える化し、省いてよいもの、悪いもの、林業家の方々の気持ちも大事にしながら進めている。直接山に入り、木を伐採・植林する人々にお金が還元されることは、豊かな森林を取り戻す大きな足掛かりになるため、長期戦で取り組む覚悟だ。

どんぐりから森を育てるという、とても可愛らしい植林プロジェクトを立ち上げる奥川さんたちだが、持ち前のフットワークで深く入り込んだ林業の世界で見た業界の課題に真摯に立ち向かうその姿は、古くから森を支え守ってきた林業に携わる人々の心を今、動かしている。

閉ざされた業界を開いていくこと、新しい山づくり、森づくりを行っていくことは、地元を守るだけでなく、昨今の気候変動に揺れる日本全体を守っていくことにもつながっていく。20代の彼女たちがこれから果たしていく役割は、とてつもなく大きい。

今後はMODRINAEのどんぐり拾いから製品化、植林までの工程を北海道などの他地域で展開することや、苗木を育ててくれた人専用の木材製品の開発も視野に入れていると話す奥川さん

Well-living
Rule
実践者たちの
マイルール

  • 現場を大事にする
  • 社会貢献を押し出しすぎない
  • サービスとしての価値を構築する
  • 歴史資料館、美術館でヒントを得る
  • マネジメントはしない

PROFILE

奥川季花さん Tokika Okugawa
株式会社ソマノベース 代表取締役

高校時代に地元で紀伊半島大水害により被災したことがきっかけで、災害リスクの低い山づくりをしたいと志すようになる。「土砂災害による人的被害をゼロにする」をビジョンに掲げ2021年、株式会社ソマノベースを設立する。どんぐりから森を育てる新しいカタチの観葉植物『MODRINAE』を発表し、Wood Change Awardやウッドデザインアワードを受賞。現在は、林業界や森林との関係人口を増やすためのイベント企画や商品の開発、小学生に向けた森林教育なども手掛けている。

取材・文/木崎ミドリ 撮影/鮫島亜希子 編集/丸山央里絵

KEYWORD
  • #環境問題
  • #地域活性
  • #レジリエンス
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