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INTERVIEW今、注目のウェルリビングの実践者
2023.04.03

保険業界の常識を変えた
サービスの仕掛け人が挑む、
日本の未来を変える人材育成

岸 和良さん Kazuyoshi Kishi
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー
岸 和良さん Kazuyoshi Kishi
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー

大企業の中にも、既成概念にとらわれず、組織の圧力を感じながらも、負けずに新しい価値を生み出そうともがく挑戦者がいる。今回取材したのは、住友生命という100年以上の歴史を持つ大組織の中で、「保険契約後のカスタマーの健康支援」を主軸とした全く新しい保険サービスを開発した岸 和良さん。彼が創出した新しい価値と、後進育成の取り組みに焦点を当てる。

大企業の中にも、既成概念にとらわれず、組織の圧力を感じながらも、負けずに新しい価値を生み出そうともがく挑戦者がいる。今回取材したのは、住友生命という100年以上の歴史を持つ大組織の中で、「保険契約後のカスタマーの健康支援」を主軸とした全く新しい保険サービスを開発した岸 和良さん。彼が創出した新しい価値と、後進育成の取り組みに焦点を当てる。

日本の大企業は、
まだデジタルの進化の
波に追いつけていない

デジタルの進化によって、サービスのあり方そのものが変わり、商品設計の発想の仕方も変わり、ビジネスはグローバル規模で新しい価値創造を求められる時代へと変化を遂げている。しかし日本は、特に伝統的な大企業ほど、その変化についていけていないのが現状だ。終身雇用制度により人材の流動性が極端に低く、それによって生まれる前例主義や、縦割りの組織体制が、変革の大きなハードルになっている。

今、世界をとりまくビジネスシーンでは、与えられた役割を全うし給料をもらう「サラリーマン」ではなく、自分の頭で考えビジネスを生み出し推進していける「ビジネスパーソン」が求められている。しかし、長く「サラリーマン」に適した人材を採用し育成してきた日本の大企業では、その転換も容易ではない。

その分厚い壁を肌で感じ、しかし屈することなく、従来の保険商品とは一線を画す、全く新しいスタイルの保険商品を日本で展開することを実現したのが、現在、住友保険相互会社のデジタルオフィサーを務める岸さんだ。

それは、「最初に決められている保障内容に納得し、有事の保障に向けて着々と保険料を払い込む」従来の保険スタイルから、「加入後も顧客とのやりとりが継続し、顧客のライフスタイルに影響を与え、ともに成長していく」新たな保険スタイルへの変換であり、保険業界の常識を大きく揺るがせた。

Vitalityの価値を実感してもらうための来店型店舗、住友生命「Vitality」プラザ。現在は銀座、新宿、有楽町、大阪梅田で展開している

加入後も顧客に寄り添い
共に成長していく
新しい形の保険商品

その保険商品とは、南アフリカ共和国のDiscovery社が開発した『Vitality(バイタリティ)』という保険で、日本では唯一、住友生命が展開を行うことになった。その特徴は、加入者の健康活動をポイント化し、年間の累積ポイントによって、保険料が変動するというもの。スマートフォン向けのアプリなどを通して加入者の健康活動のデータを蓄積し、「健康活動量」が多いほど保険料が安くなる仕組みになっている。

しかし、日本展開への道のりは決して平坦ではなかった。ポイントプログラムの導入一つとっても、自社に前例がなく、社内にポイントプログラムを作れる人間がいない。消費者視点での商品設計の話をしたくても、会議では、「利益はいくら見込めるのか」「どの部門で売れるのか」という話がどうしても優先されてしまう。

システム部門を率いる岸さんは、大量の海外書籍を読み込み、他社や他分野の商品・サービスの成功事例を自身に沁み込ませ、日本に最適なサービスを開発していった。同時に、「ビジネスの観点で商品開発のできるデジタル人材がいなければVitalityはまわらない」と、その切迫感から、あらゆる社内人材をリクルートし、育成していく。

そうして、2018年にサービスリリースした健康増進型保険『Vitality』は、その年の「日経優秀製品・サービス賞」で最優秀賞を受賞。その後、J.D.パワーの行った2023年の生命保険会社の顧客満足度ランキング調査で住友生命を1位へと導くほどに、加入者から支持される存在となっていく。

「全ての仕事人は、同時に良き消費者でもある。個人としては、使いやすい、思わず夢中になってしまう商品に触れているので、それらの消費者としての体験を自分のビジネスに生かさない手はない」と岸さん

日本の縦割り組織は
時に、新しい商品を
生み出す弊害になる

「健康診断の結果が毎年良くなり嬉しい」「楽しいし、お得だし、友達にも自信をもって勧められる」などの感想コメントが寄せられるVitalityは、従来の保険商品に比べ、圧倒的に顧客接点の多い商品だ。そのため、顧客に向けて恒常的に高い体験価値を提供する必要がある。

デジタルデバイスを通して顧客接点を持つ商品・サービスを生み、進化させていくためには、システムに精通した人間が、商品作りの段階から関わることが重要だ。しかし、岸さんはいう。

「日本の大企業では、商品を作るところは商品部、営業するところは営業部。役割分担が決まっていて、それ以外のことについて意見をいうのはおこがましい、という文化がいまだ根強い。少しでもはみ出すと、『誰の許可を得てやっているのか』『上司は誰だ』などと言われてしまいかねない。金融業界は、とくにそういうところがあります。」

その結果、消費者視点を持たないままのシステム作りや、デジタルの知識があればもっと使いやすくて画期的なものが作れるのにそういった商品設計ができない、というもったいないことにつながってしまっているケースが多い。

Vitality健康プログラムでは、保険加入者がより楽しく、健康になることをサポートするため、健康を改善するツールや関連知識、それを促すインセンティブを提供している

デジタルに強く、
ビジネスも考えられる
若手人材を育成する

そこで岸さんは、『Vitality』に関わる社内人材を育てるために、そのマインドを変え、技術者にビジネス視点を養うための育成プログラムを開発した。研修を通し、消費者視点でサービスを検討することができるようになった社内のデジタル人材は、Vitalityをより良いサービスへとブラッシュアップしていくのはもちろんのこと、社外のビジネスコンテストで賞を獲るほどに成長を遂げていく。

2023年2月に開催された未来の保険業界を担うエンジニアを発掘するビジネスコンテスト(Protosure Japan社主催)の「埋込型保険APIハッカソン」で、住友生命のシステム部門のメンバーが優秀賞を獲得したのだ。

「Vitalityのサービス展開前のシステム部門のメンバーの状況からは、とても想像できなかったことです」と、岸さん。

「私が誇らしかったのは、物を作るだけ、言われたシステムを作ることにしか興味のなかった人たちが、消費者の気持ちに寄り添ってビジネスを考えられるようになったこと。本当に嬉しいです。」

積み上げた実績をもとに、岸さんは現在、数々の著書を執筆。外部講演も増え、独自開発した人材育成プログラムを社外向けにも提供するようになった。

「デジタルとビジネス、そして消費者の視点を結び付けて考えていくことをしていければ、世の中は絶対に変わる。ビジネススキルを持ち、価値創造力を発揮できるデジタル人材が増えていけば、世の中のたくさんの事柄が解決できるようになる。」

「そんな人たちが増えていけば、日本は世界一豊かでかっこいい国になれると思うんです。」

それが今、岸さんが自身の研修プログラムを通じて実現していきたい、未来の形だ。

岸さんが独自開発したのは「マインドセット研修」と「ビジネス発想力研修」の2種。グループ発表と岸さんからの鋭い質問に返答していくことを繰り返すワークショップスタイルでビジネス視点を養っていく

広い世界をみたほうがいい。
自社へどう生かすか
その視点は忘れずに

岸さんはつい最近、会社のビルの裏でたまたま見かけた、暗い顔で川面を眺めていた若手社員に声をかけた。岸さんが過去社内で行った人材評価テストで高評価だった彼が、やる気を失い、未来が見えなくなっているなんてもったいない。話を聞き、直属の部下へと引き入れた。

「優秀でやる気を持って入社してきた若手が、暗い顔をして辞めていってしまうのは、すごくもったいない。今、デジタル人材はどこも人手不足だから、引く手あまただとは思います。でも、どこへ移ったとしてもその会社がきちんとDX人材育成が出来て、彼らに未来を見せてあげられるような環境じゃなかったら、人はどんどんつぶれていってしまう。」

「昔から、教育には興味がありました。できないことができるようになるあの感覚を、後輩たちにも味わってもらいたいという思いがあります」と、岸さん

自分の所属している会社で未来が見えなくなったら、“越境”してみるのもひとつの方法だと岸さんは語る。

「ビジネスパーソンは、広い世界を見たほうがいい。ひとつの企業の中にいると、その縦割りの枠組みの中で、最初の情熱が消えていってしまうこともある。だから、自分のいる会社の仕事を最優先に考えながらも、社外で、たとえば自身で事業を興したり、NPOの活動に参加してみたり、フリマアプリで商品を売ってみるだけでも。ビジネスの実践の場で学ぶことはとても多いと思います。」

ただ、注意点もある。会社員の立場で越境をするなら、最終的に自社にどう価値を返せるかということを最優先に考えて取り組むことが必須だ。自分個人のことばかり考えてやると失敗するとも助言する。

岸さん自身、現在は複数の社外オフィサーも兼任する、“越境人材”だ。大企業の枠組みにとらわれず、部門の壁を越え、時には組織の壁も越え、越境して学び続けることがこれからのビジネスパーソンには求められていくと岸さんは呼びかける。

「組織につぶされない力を多くの若者に身に着けてほしい。それが結果として、日本のビジネスの再興にもなる。」

岸さんの熱い思いは、日本のデジタル人材にビジネス視点という武器を与え、その武器を手にした若武者たちは、より消費者にとって使いやすく魅力的な商品・サービスを次々に生み出していってくれるだろう。そんな人材が増えていけば、日本はきっと岸さんの思い描く、豊かで「かっこいい国」へと変わっていけるに違いない。

「自身を突き動かすものの一番は好奇心ですね。やりたくなったらやっちゃう。時間がない、人がいないと言うけれど、時間は使い方によって無限になるし、働きかけ次第で仲間も無限にいると思っています」

Well-living
Rule
実践者たちの
マイルール

  • やりたくなったら、やっちゃう(ダメと言われても、やっちゃう!)
  • 好奇心を大事にする
  • 関係者みんなを幸せにするやり方を考える
  • 仲間は無限(探し方次第でいくらでも!)
  • 時間は無限(使い方次第でいくらでも!)

PROFILE

岸 和良さん Kazuyoshi Kishi
住友生命保険相互会社 エグゼクティブ・フェロー/
デジタル共創オフィサー/デジタル&データ本部 事務局長

2018年日経優秀製品・サービス賞で最優秀賞にも輝いた、革命的な健康増進型保険商品『Vitality』を日本で展開。現在はデジタル共創オフィサーとして、デジタル戦略の立案・執行、パートナー企業や自治体などとの共創活動、社内外のDX人材の育成活動などを行う。著書に『DX人材の育て方』(翔泳社)、『実践リスキリング』(日経BP社)などがある。

取材・文/木崎ミドリ 撮影/倭田宏樹 編集/丸山央里絵

KEYWORD
  • #ウェルネス
  • #越境人材
  • #テクノロジー
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