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INTERVIEW今、注目のウェルリビングの実践者
2024.4.8

数百年先の未来を見つめつつ、
森と街をつなぎ直して
日本の森を「モリアゲ」る!

長野麻子さん Asako Nagano
株式会社モリアゲ 代表取締役
長野麻子さん Asako Nagano
株式会社モリアゲ 代表取締役

日本の森は今、大きな課題を抱えている。木材需要の低迷や、高齢化による林業界の人材不足などにより、国土の7割を占める森が適切な手入れがされず放置され、荒廃しているのだ。そんな森に可能性と本来の価値を見い出し、課題解決に奔走している人物がいる。株式会社モリアゲの長野麻子さんだ。全国各地を飛び回り、各地の森を「モリアゲ」て回る長野さんの活動を追った。

日本の森は今、大きな課題を抱えている。木材需要の低迷や、高齢化による林業界の人材不足などにより、国土の7割を占める森が適切な手入れがされず放置され、荒廃しているのだ。そんな森に可能性と本来の価値を見い出し、課題解決に奔走している人物がいる。株式会社モリアゲの長野麻子さんだ。全国各地を飛び回り、各地の森を「モリアゲ」て回る長野さんの活動を追った。

伐採と造林を繰り返し
我々の暮らしと共に
歩んできた森の存在

国土の約7割を森林が占める、森林大国である日本。そのうちの約6割が天然林等、約4割が人工林だ。古くから森林資源を活用し、建築や薪炭に利用するなど、もともと森は私たちの生活の身近にあった。

歴史を振り返れば、江戸時代には城や寺院の建築などのための木材需要が急増。大規模な森林伐採による資源の枯渇や災害の発生が深刻になったため、森林を保全する規制が強化され、造林が推進された。明治時代には近代化に伴い森林が伐採され、その対策として一部の森林の伐採を規制する法律が定められたほか、造林に力を入れるさまざまな国策が進められた。しかし、昭和に入ると戦中・戦後に大量の木材が必要になったことから、さらなる大量伐採が行われる。日本の森林は大きく荒廃し、災害が多発。それらを受けて戦後、国土の緑化運動が始まり、苗木を育て、造林を行う施策が本格的に進んでいった流れがある(※)。

実は、その頃に植えた苗木が育ち、今、利用期を迎えている。ところが、約70年の時を経て、国内の主要資源は木材から鉄やプラスチック等、別の素材にシフト。輸入木材製品も増え、国内の木材価格は低迷し、国内林業は停滞。間伐や植栽が行われずに放置される人工林が増えるようになり、せっかく先人が植え育ててくれた森林を活用できていない。まっすぐ早く育つとして多く植林されたスギの木も、花粉症の原因とされ、今後どのような森づくりをしていくか、日本の森は今、次なる問題に直面しているのだ。

※参考:林野庁「平成25年度森林・林業白書」(第1章・第2節 我が国の森林整備を巡る歴史)

北海道津別町の美しい森(写真提供:株式会社モリアゲ)

農林水産省で
出会った森の仕事に
魅了されて

長野さんが、日本の森の置かれる問題に直面したのは、農林水産省勤務25年目の時だった。

もともと、一次産業を応援したいという思いから1994年に農林水産省に入省した長野さんは、フードロス削減やバイオマス活用、食品安全や水産にまつわる仕事などを経て、2018年に森と街を木でつなぎなおす『ウッド・チェンジ』プロジェクトを担当することになったのだ。

これは戦後に造林され、本格的な利用期を迎えている人工林の木材の利用を促進することで、森の良い循環を取り戻していくためのプロジェクトだ。人間によって利用されることを想定し植えられた木々は、人間による手入れが必要。需要に応じた伐採と木材の利用を行うことで森にお金が還元され、適切な維持管理が可能になっていく。

「残念ながら戦後に造林した人々が思い描いていたほど、国産木材は使われなくなってしまったという現状があります。そこで始めたのが『ウッド・チェンジ』プロジェクト。街の中で鉄やコンクリートを使って造られているものを日本の木に変え、木材利用を促進していくことは、CO2の固定はじめ、カーボンニュートラルにダイレクトにつながっていきます。この仕事には本当にのめり込んで取り組みました」と、長野さん。

省庁の仕事は通常1、2年のサイクルで部署異動がある。森や山、林業に詳しくなっていくにつれ、すっかり森に魅了された長野さんは、部署異動の後、「やっぱり、森を盛り上げていく仕事をしていきたい」と退職し、独立。株式会社モリアゲを設立する。

「日本の森をもっとモリアゲて、森を想う人を増やしていきたい」と、モリアゲポーズで語る長野さん

「日本の森をモリアゲる」
を使命に掲げ、
できることを全部やる

株式会社モリアゲは、森林の有効活用や木材の利用促進に関する企画やコンサルティングを行う会社だ。「日本の森をモリアゲる」をミッションに掲げ、森の抱えるさまざまな課題を伴走しながら一緒に解決していく。森をいかにより良い状態に変え、経済的にも持続可能な仕組みを作り出していけるか。長野さんは、持ち前のフットワークの良さと明るい人柄、農林水産省で培った知見と人脈をフル活用し、日本各地の森にまつわる課題解決に奔走している。

すでに31都道府県を巡り、人々の関心を高めるために森の価値を伝える講演を行うほか、自治体や地元企業と共に木材の活用促進の方法を考えたり、社有林や公有林の活用方法の提案を行ったり。今年2月に日比谷図書館で開催した『モリアゲ・シンポジウム2024』の参加者は60人を超え、あっという間に満席になったという。

省庁勤務時代に民間企業への出向も経験している長野さんは、官も民も知っている。森をなんとかしたいと思う人々のパイプ役を担うことこそが、自分の役目と自認している。

「林業では、森の所有者から、木を伐り、地域で加工する業者を経て、利用する人の手元に届くまで、多くのステップと関係者を挟んで木材が流れていきます。しかし今は国産材のサプライチェーンがうまく構築されておらず、需要者の多様なニーズとのマッチングもうまくできていません。価値を連鎖させ、良い循環を生み出していく仕組みを整えていくことは大きな課題です」

「昔は、裏山の木を家や家具などに使ったり、薪を取ってきたりと生活の中に木があって森がもっと身近でした。でも、今だと建物も生活用品も木でないものが増え、森と街が離れてしまった。ここをつなぎ直さないと森にお金が戻っていかず、持続可能ではなくなってしまいます。」

森への関心を高め、関心を持ってくれた人々をつないでサプライチェーンを整え、木材の利用シーンを増やして商品価値を高め、得た利益を再び森へと還元していく。

「日本の森をモリアゲるためにできることは全部やっていきたい。」そう語る長野さんの活躍フィールドは無限に広がる。

自治体アドバイザー、木材コーディネーター、森林浴ファシリテーターなど、長野さんの担う役割は実に多様だ

自然に還りやすくなるよう
森に少しだけ
人の手を入れてあげる

森の活用方法をあの手この手で生み出している長野さんだが、どうにも盛り上がりきらない森もある。そのような場所に手を入れ、自然な森に還していくために行っている活動もある。

「全くの手付かずの原生林というのは、日本では屋久島や白神山地などのごく一部しかないんです。基本はみんな少なからず人の手が入っている。特に、戦後集中的に針葉樹を植えた森は、きちんと手を入れ続けてあげないとうまく維持されません。今の森をどうしていくのかを地域で考え、手入れが続けられない森は、元の自然に還りやすいように戻し、次の世代に渡していくことが大切だと思っています。」

「たとえばブナ林では、ブナの木の高さと同じくらいの半径の中に種が落ちて、そこで芽が出て育ち、少しずつブナが広がっていく。でも、周りに落ちた種すべてが育つわけではないんです。その淘汰されてしまうブナの稚樹を人の手で掘り起こし、もともとブナ林だった少し離れた種の落ちない場所へワープさせる。そうすると、自然だと何百年もかかる森の広がるスピードを200年や300年短縮し、なるべく早く元の森に戻す手伝いができるんです。」

森の時間は数百年単位。人は自然の一部なのだから、森の時間に人の時間をあわせる努力をしていきたい、と長野さん。森の再生は、人の一生では結果が見えない壮大な計画なのだ。

写真上:ブナの森の再生を目指し、自然に発芽したブナの稚樹を掘り採って、使用していない牧草地へワープさせる作業の様子。2日間で約900本のブナの移植が完了した 写真下:森林の里親協定お披露目式にてみんなでモリアゲポーズ(写真提供:株式会社モリアゲ)

ひとつの会社が
ひとつの森を守っていく
一社一山プロジェクト

株式会社モリアゲは自身も、長野県の木島平村カヤの平高原でひとつの森づくりをしている。昔はブナ林だったのが人の手で牧場になり、その後、牧草地として放置されてしまっている国有林を、村と里親契約を結びブナ林に戻している。これまで10年間NPOが続けてきた再生活動を引き継いだ。自然の遷移だと元のブナ林に戻るまで何百年もかかる牧草地にブナの稚樹を移植し、300年後に人の手で再生されたブナ林となることを目指している。

「興味を持ってくれた人たちを誘って年2回、車やバスに乗って植林に行くんですけど、気持ちがいいし、楽しいですよ。バーベキューをして、地元のお米を買って帰るんです」と、長野さんは笑顔を見せる。

ブナの森の植林ツアーに参加してくれた皆さんと(写真提供:株式会社モリアゲ)

「山って、昔は地域の資産家などのお金持ちが所有して管理してくれていたんですね。ただそれだけの財力のある方はそう多くはないのが現状です。じゃあ、その財力や体力があるのはどこかと考えた時に、思い浮かんだのが企業でした。」

そこでモリアゲが提唱しているのが『一社一山(いっしゃひとやま)』プロジェクトだ。国内の各社が森林経営に関わっていくことで、森と企業が共創する世界を実現していきたいと長野さんはいう。

「外資系の企業が日本の森を買っているニュースを耳にしますが、だったらなんで日本の企業は買わないのか、と。水や空気、美しい景観、木の文化など、日本企業は森の恵みをなんらかの形で受けていると思うんです。その日本企業が一社一山ずつ、山の手入れをしていったら、日本の森はもっと元気になると思うんです。」

すでに企業が保有している社有林の有効活用法のコンサルティングも行う長野さんは、森林浴をしながらの企業研修や、地域の木材を用いたサテライトオフィスの設置など多様な企業における森の活用方法を提案している。

大きな山だと億単位だが、山の一角や小さな山だと100万円ほどから購入できるし、借りるという形でもいい。森に関心のある企業へおすすめの山を紹介し続けているのだと長野さんは笑う。

「国土の7割が森だから、森を想う人も7割にしたい。」

そう語る長野さんが見ているのは、街と森がもっとつながり、人々も自然も豊かに潤う、何百年も先の日本の未来だ。

「森をちゃんとしないといけないという課題はありますが、一方で森へ行くと圧倒的に気持ちが良いですよね。森の持つ可能性をもっと伝えて、みんなを森に連れていきたい」と、長野さんは笑顔を見せる

Well-living
Rule
実践者たちの
マイルール

  • なんでも楽しむ
  • 足るを知る
  • 寛容でありたい
  • 感謝する
  • 森から見れば10年や20年たいしたことない

PROFILE

長野麻子さん Asako Nagano
株式会社モリアゲ 代表取締役

愛知県生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒、1994年に農林水産省に入省。2018年から3年間、林野庁木材利用課長として「ウッド・チェンジ」プロジェクトを担当。2022年6月に農林水産省を退職し、同年8月に株式会社モリアゲを設立。豊かな森を次世代につなぐことを使命とし、日本の森を盛り上げるべく日本全国を回る。一社一山(社有林、企業の森)を提唱するほか、自治体アドバイザー、木材コーディネーター、森林浴ファシリテーターなどを務め、日々「森をモリアゲる」活動を行っている。

取材・文/木崎ミドリ 撮影/鮫島亜希子 編集/丸山央里絵

KEYWORD
  • #環境問題
  • #地域活性
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