デザインを通じて実現したいのは、
誰もが生きやすいように
社会のベースラインを上げること
- 方山 れいこさん Reiko Katayama
- 株式会社方角 代表取締役/デザイナー

- 方山 れいこさん Reiko Katayama
- 株式会社方角 代表取締役/デザイナー
「実現したいのは、デザインを通じて社会のベースラインを上げること。」そう語るのは、福祉領域を中心とした社会課題の解決に注力したデザイン会社、株式会社方角を経営する方山れいこさんだ。自社メディアとして聴覚障害者向けのライフスタイルウェブメディア『キコニワ』を運営する方山さんが、デザインを武器に実現したいサステナブルな社会について取材した。
「実現したいのは、デザインを通じて社会のベースラインを上げること。」そう語るのは、福祉領域を中心とした社会課題の解決に注力したデザイン会社、株式会社方角を経営する方山れいこさんだ。自社メディアとして聴覚障害者向けのライフスタイルウェブメディア『キコニワ』を運営する方山さんが、デザインを武器に実現したいサステナブルな社会について取材した。
最初から障害福祉に
興味があった
わけではなかった
株式会社方角は、自社サービスとして聴覚障害がある方向けのライフスタイルウェブメディアを展開するほか、クライアント企業から声のかかる社会課題の解決や障害福祉を対象としたプロジェクトを数多く手掛けるデザイン会社だ。
障害のある方がたに寄り添い、積極的に採用も行っている方角だが、代表取締役の方山さんは、最初から障害福祉領域に興味を抱いていたわけではなかった。美術大学に入学し、デザインの世界に入ったのも、深夜の音楽テレビ番組のセットに惹かれ、自分も作ってみたいと思ったのがきっかけだったと方山さんはいう。
芸大修了後は、デザイン会社に就職。その後独立し、自身のデザイン会社「方角」を立ち上げた方山さんに、『エキマトペ』という駅の音を視覚化する装置のUIデザインの仕事の声がかかる。たまたま関わることになったこの仕事が、方角をシフトさせていく大きなきっかけとなる。

エキマトペの仕事を通じて、
はかり知れないほど
多くの気づきがあった
エキマトペとは、駅にあふれる音を視覚的に表現する装置だ。 AIを使って、電車の発着音やドアの開閉音といった環境音、アナウンスの音などを識別し、文字や手話、オノマトペのアニメーションで表示する。毎日の鉄道利用が楽しくなるようにと、川崎市立聾(ろう)学校の生徒たちと、富士通、東日本旅客鉄道(JR東日本)、大日本印刷とが一緒にアイデアを考えて生まれたプロジェクトだ。
「私が初稿として出したエキマトペのデザインは、音の臨場感が伝わるようにアナウンスの字幕にオノマトペをかぶせるようなものでした。他の仕事でCMやポスターに提案するような『かっこいい』感じの」と、方山さん。
ところが、富士通の担当者に見せたところ、「きこえない人にとっては字幕が命だから、こんな風に被せると見えづらく、情報として意味を持たなくなってしまいます」と言われてしまう。
「そこでハッとして。面白いけど、わかりやすい。そういうものを作らなくてはいけないのだと気づきました。当時の私はまだユニバーサルデザインの知識がほとんどない状態でした。しかし、その視点を持って世の中を見渡すようになってみると、なんて不便な設計が多いのだろうと。少し工夫するだけで生活が良くなる人は多いんじゃないかなと感じるようになりました。」
前職で車やコスメを対象としているときには、デザインで「今よりもっと素敵な生活」をかっこよく見せてあげることが大事だった。でも、障害のある人たちにとっては、もっともっとその手前。デザインで「当たり前の生活」へと引き上げることが必要なのだ。それはとても大きな気づきになったと方山さんは語る。


Xで5万いいね!が。
スマホが壊れるかと思うほど
反響があった
エキマトペの仕事に声がかかった頃、方山さんは自身の会社「方角」を立ち上げたばかり。何をする会社だと位置付ければ良いのか迷っている時期だったという。
「方角は、誰をどのように幸せにするためのデザイン会社なんだろう、と。当時はそれが不明瞭でした。」
紆余曲折ありながらも制作を終え、エキマトペは2021年、初めて公開された。方山さんは日頃のお仕事紹介の延長で当時のTwitterへエキマトペが公開されたことを投稿した。すると、通知が鳴りやまないくらいの反響があった。
「スマホが壊れるのではないかと思うほどでした。」
いいね!の数は、最終的に5万超を記録。特に耳のきこえない人、きこえづらい人たちからの反響が大きかったという。
「その時に、『私はデザインを通じてこの人たちの日々の生活を今より少し豊かにすることができるかもしれない』と思いました。」
「誰のどんな生活をどんな風に豊かにするためにデザインをするのか、それがとてもはっきり見えるようになったんです。」
聴覚障害のある人を中心に、さまざまな障害のある人々の日常を豊かに、さらには障害に限らず、さまざまな社会課題をデザインで少しでも解決できるような、方角をそんな会社にしていきたいと考えるようになったのだと方山さんは言った。

会社という箱があるのだから
障害のある方ともっと直接
仕事をしてみたいと思った
「社会課題×クリエイティブ」に会社の照準を定めた方山さんは、さまざまな障害に関するプロジェクトにデザインや企画で関わっていくとともに、「せっかく法人化し、会社という箱があるのなら、障害のある方を雇用してみよう」と考えるようになる。
さっそく、聴覚障害のある方をアルバイトで採用。コミュニケーションはSlackや手話を通して行ったが、特に不都合は感じなかった。その後も採用活動を続け、現在方角に在籍する約8割の従業員は、何かしらの障害がある。逆に、障害のない従業員は社内では少数派だ。
「社員にはデザイナー、コーダー、事務などを担当してもらっています。エキマトペの仕事でいうと、いろいろ試してみた結果、オノマトペはきこえる人がデザインした方がよい。状況を伝える絵はきこえない人が作った方がよい、という役割分担が見えてきました」と、方山さんは笑顔を見せる。
社内では従業員一人ひとりと定期的に1on 1で話をする時間を設けるなど、コミュニケーションの工夫を行っている。障害のある方の雇用を始めたタイミングで、方山さんは手話を学び始め、日常会話程度はできるようになった。1on1ではビデオアプリを使ったり、手話を使ったり、相手によって使い分けているという。
「仕事の話だけでなく、家での過ごし方や最近ハマっているものなどを聞くなど、この対話の時間を大事にしています。自分は当事者ではないですし、気持ちを100%理解するのは難しいと思いますが、この人たちが幸せかなとか、この人たちだったらどう思うかなというのを考えるのは、私の活動の大きな力になっていると感じています。」

Slackでの雑談チャネルを
ヒントに生まれた
ウェブメディア『キコニワ』
あるとき、社内でのやりとりを行うSlackの雑談チャネルで、聴覚障害者ならではの情報交換が盛り上がっているのを見た方山さんは、聴覚障害者専用のウェブメディア『キコニワ』の立ち上げを思いつく。
「社員に情報ってどうやって見つけているのかと聞いたら、基本はクチコミだと。マイノリティのコミュニティの強さ、クチコミの広がり方ってすごいんです。でも、きっと届いていない層もいる。だったらそれが網羅的に見られるサイトがあったら良いのではないかと思いました。」
そうして自社プロダクトとして生まれたキコニワには、ニッチな記事がたくさんある。例えば、『振動目覚まし、どれが一番使いやすい?』『赤ちゃんの夜泣きの気づき方』など。また最近では、聴覚障害者を雇用したい企業が、キコニワの中でオフィスツアーをし、そのまま採用につながる事例も出てきているのだという。
「一般の人たちが、よりよい条件で仕事ができる場所を探すために求人サイトを見るのとは違い、障害のある方々にとって、仕事はもっと生活に密着した存在です。なので、仕事とのマッチングの仕方も、オフィスツアーなどを通じて企業の方といろいろとキャッチボールをした上で、お互いに信頼感を育んでから雇用に至るほうがよいのではないかと感じています。」

すべての人にとって
生きやすい社会へ
デザインで引き上げる
方角が一つひとつのデザインの仕事を通して目指すのは、「社会のベースラインを上げること」だ。サステナビリティと聞くと、気候変動や脱炭素に関する対策を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、持続可能な社会の実現のためには、障害者の不利益や不平等の解消も大きなテーマだ。
「今の世の中は、障害のある方がたにとって『標準』にすらなっていないものが社会にたくさんあります。それを標準レベルにまで持っていきたい。そして、それはきっと障害のある人以外にとっても受け入れやすいものになると思うんです。」
それを実現していくために方山さんが大事にしているのは、依頼主の思いを大切にすることだという。
「自分たちにデザインを依頼してくださる企業さんや団体さんは、社会をよくしたいという思いを持って声をかけてくださるのだと思います。その社会貢献的な気持ちを一緒に最大化していくお手伝いをしていきたい。」
今後はソーシャルビジネスの会社の広報支援などもしていきたいと方山さんは意欲を見せる。例えばNPOの年次報告書やサイトの制作を通してその思いを伝えやすくする手伝いなど。
「刻一刻と変わっていく世の中で、10年後こうなっていたいというものを掲げるのは気が引けます。けれども目の前の課題をこなしているうちにあっという間に10年くらいが経っていそうには感じます。目の前のことを一つひとつこなしながら、社会のベースラインを少しずつ上げていけたら。」
仕事をきっかけに気づいた、多くの人の当たり前が一部の人にとっては標準にも届いていない世界があること。それらをもっともっとデザインの力を通じて引き上げていきたい。そう語る方山さんの挑戦はまだ始まったばかりだ。しかし、デザインから発せられる声は、やがてじわじわと社会の「当たり前」の形を変えていくのだろう。

Well-living
Rule実践者たちの
マイルール
- 当たり前を疑う
- 不調の時はじっとしている
- 依頼してきた方の目線に立つ
- 人の「いいことしたい」気持ちを壊さない
- とりあえずやってみる
PROFILE
- 方山 れいこさん Reiko Katayama
- 株式会社方角 代表取締役/デザイナー
1991年東京生まれ。多摩美術大学卒業後、東京芸術大学大学院映像研究科修了。WOW inc.にアシスタントプロデューサーとして入社しCM撮影やデザイン業務の進行などを担当後、デザイナーにジョブチェンジ。店舗設置型のデジタルコンテンツやイベントの空間演出などを担当後、独立。2021年1月に株式会社方角を設立。『エキマトペ』『ミルオト』など音を文字や手話、擬音で視覚化するプロジェクトデザインを多数担当するほか、自社ではろう・難聴者、聴覚障害者のライフスタイルを伝える情報メディア『キコニワ』を運営。
取材・文/木崎ミドリ 撮影/鮫島亜希子 編集/丸山央里絵
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