吉野家の玉ねぎ端材を
パウダーにしてアップサイクル!
新進気鋭のフードテックが描く未来
- 加納千裕さん Chihiro Kano
- ASTRA FOOD PLAN株式会社 代表取締役
- 加納千裕さん Chihiro Kano
- ASTRA FOOD PLAN株式会社 代表取締役
吉野家の玉ねぎ端材を『過熱蒸煎®』という独自技術を用い、おいしいオニオンパウダーに。食品残渣のアップサイクルとかくれフードロスの削減を実現するフードテックベンチャーが今、注目を集めている。その会社、ASTRA FOOD PLAN株式会社の代表取締役である加納千裕さんは、複数のビジネスコンテストでの受賞も果たす次世代のフードビジネスリーダーだ。
吉野家の玉ねぎ端材を『過熱蒸煎®』という独自技術を用い、おいしいオニオンパウダーに。食品残渣のアップサイクルとかくれフードロスの削減を実現するフードテックベンチャーが今、注目を集めている。その会社、ASTRA FOOD PLAN株式会社の代表取締役である加納千裕さんは、複数のビジネスコンテストでの受賞も果たす次世代のフードビジネスリーダーだ。
まだ食べられる端材を
乾燥させる最新技術で
おいしいパウダーに
「捨てるしかない。けれど、なんとかしなくてはいけない。」
牛丼チェーン店・吉野家(※)では、毎日700キロ程度、年間で約250トンの玉ねぎの端材(はざい/材料から必要部分を取った後の残りの部分)が廃棄されていた。
牛丼にする際に、まだ食べられるが使用しない玉ねぎの箇所は大きく3つ。機械でくり抜く芯の部分、表面の緑色の硬い部分、そしてスライサーでスライスした際に出る規定の幅よりも薄いものと厚いもの。
いずれも、お客さんに提供する商品として味や食感を重視する上で出てくる端材だ。キャベツなどの端材であれば動物の餌にしたり、コンポストにしたりもできるが、玉ねぎは動物にとって有害な成分があるため、動物が食べられず、抗菌性も強いため微生物による堆肥化も難しい。
その解決に一役買ったのが、ASTRA FOOD PLANだった。
「取引のあった企業から、玉ねぎ端材の廃棄問題に頭を悩ませている会社があると伺いました。弊社の『過熱蒸煎機(かねつじょうせんき)』でなんとかならないかと、ご相談をいただいたのがきっかけです。」と、加納千裕さんは当時を振り返る。
過熱蒸煎機は、300度以上ある高温の水蒸気で瞬時に食品の乾燥、殺菌ができる装置だ。5~10秒という短い時間で、さまざまな食材を粉末化し、おいしいパウダーを作ることができる。
しかも、食品が劣化する最大の原因となる“酸化”をさせずに処理できるため、食品の色が悪くなる、風味が失われる、栄養価が飛んでしまうということがない。過熱蒸煎機で作ったパウダーは味も香りも良く、瓶などで密封することで1年ほど常温保存できる。
「野菜だけでなく、これまでに100種類以上の品目で実験を行ってきました。イカの一夜干しの端材を使用して作ったイカパウダーや、柑橘の皮を使ったレモンパウダーなど、さまざまな端材からおいしいパウダーを生成できます。」と、加納さん。
(※「吉」の本来の表記は土+口の組み合わせ)
捨てられていた玉ねぎが
パン屋の人気商品となる
「オニオンブレッド」に変身
過熱蒸煎機を用い、吉野家の玉ねぎの端材は、あっという間に香り高いオニオンパウダーに。しかし、次に課題となったのが、オニオンパウダーの活用先だった。牛丼にふりかけてもおいしく、店内での無料提供も検討したが、それだと採算が合わない。機械の導入に費用が発生するため、せっかくおいしいパウダーができても、経済性が無ければ、機械の導入の決断はできない。社内での活用は難しく、プロジェクトは難航した。
そこで、加納さんたちは、社外でオニオンパウダーの売り先を模索する。結果、吉野家で端材となった玉ねぎたちは、ベーカリーショップである「ポンパドウル」で後に人気商品となるオニオンブレッドへと姿を変えることになる。
ポンパドウルは、加納さんたちが以前より付き合いのある会社だった。
「出来上がったオニオンパウダーをお持ちしたところ、さっそく試作品を作っていただけることに。次にお伺いした時には、すでにおいしいパンの試作品ができていました。ちょうどそのタイミングで私たちの会社の取り組みに関するテレビの取材が入る予定があり、この会議の様子も撮影したいという話があるということをお伝えしたら、なんと放送日翌日に発売しよう!ということになりました。」
メディア出演をきっかけに、前倒しで発売の決まったオニオンブレッド。その勢いに乗り、プロジェクトは一気に進むことになる。
こうして徐々に、吉野家⇔ASTRA FOOD PLAN⇔ポンパドウルで生まれた、サーキュラー(循環)型ビジネスモデルが形づくられていく。ここで生まれたオニオンブレッドは、現在もポンパドウルの一部の店舗で継続的に販売されている。
「ポンパドウルの方には、すごく変わった商品だと言われています。キャンペーン的に売り出した商品は、最初の1カ月にバーンと売れて、だんだん売れなくなっていくことが多い中、一部の店舗ではリピーターがついてずっと横ばいで売れ続けているようです。買う側からすると、“エコだから、高くても美味しくなくても買う”ということは絶対にない。やっぱりおいしいから、価値を感じるから買ってくれているのだと思います。」
捨てられるしかなかった端材が、別の会社の人気商品に。この好事例を通し、加納さんたちは、複数社で持続可能な循環型サプライチェーンを構築することへの手ごたえを強く感じるようになる。
起業したフードテック会社で
「かくれフードロス」の
削減という野望に挑む
スーパーやレストラン、食品工場などで排出され、まだ食べられるがその製品の製造には使われず、捨てられている食材は、実はとても多い。
一般的に認知されている「フードロス」は、製品の売れ残りや食べ残しを指し、年間約522万トン が出ているという。それだけでもものすごい量だが、加納さんたちが着目し「かくれフードロス」と名付けた、食品工場で製品の製造工程で発生する端材としての食材や、生産地での規格外、生産余剰となった農作物などを合わせると、年間約2000万トンもが廃棄されている。
加納さん率いるフードテックベンチャー・ASTRA FOOD PLANはその廃棄の削減に挑んでいる。
元セブンイレブンジャパンの常務取締役であり、過熱水蒸気技術の第一人者であった父のもと、幼いころから食の世界に魅了されてきた加納さんは、女子栄養大学を卒業後、一貫して食品業界でキャリアを積んできた。
「父は、会社であったことを家で話すタイプだったので、新商品をたくさん持って帰ってきてくれては、“これはこういう流れでできた”というような話を聞かせてくれました。そんな話を聞くうちに、食品の開発の仕事って面白そうだなと、感じていました。」と、加納さん。
「鉄板に過熱水蒸気を浴びせることで錆(さび)を取るなど、もともとは製鉄に使われる技術であった高エネルギー技術を、初めて食品に転用したのが父であったと聞いています。長年、コンビニエンスストアで添加物を多く含んだ食を提供してきた父の中には、この技術で調理をすれば、添加物を使用せずにコンビニ食を作れるのではないかという思いがあったようです。」
研究熱心であった父は、1998年にセブンイレブンジャパンから独立。新たな食品加工技術の研究開発に専念するため会社を立ち上げた。
「食品の商品開発をやってみたい、そしていずれは、父の会社で経営にも携わりたい」そんな思いを胸に、複数の食品関連企業で商品開発や販売、ブランディングなどの仕事を経験後、加納さんは、満を持して父の会社に入社。しかし、父の会社はコロナ禍での業績不振を理由に、会社の株主から社長交代を要望されてしまう。父が社長を退任すると、加納さんを含め、残った従業員も全員解雇されてしまった。
「父の右腕であった吉岡(現ASTRA FOOD PLAN株式会社の専務取締役)と、『悔しい!』と新しい会社の設立に動きました。当初はまた父を社長にと考えていたのですが、父から『自分はもう歳だからお前がやれ』と。私自身もやってみたい気持ちが大きくなり、新しい会社を創ることにしました。」
それが、ASTRA FOOD PLAN株式会社だ。
「父は過熱水蒸気技術を使ったオーブンを研究開発していたのですが、新しい会社では“乾燥機”という形で技術を応用することにしました。父からノウハウは引き継いで、製造する機械やビジネスの方向性は全く違う形で、3年前に事業スタートをさせました。」
良い機械ができたのに
全く売れない。
必要だったのは商品開発
ASTRA FOOD PLANの専務・吉岡久雄さんは、食品加工機械メーカーの開発部長をしていた経歴があり、機械の開発もできる天才肌の技術者だった。
新しい会社を創ろうとなった時には吉岡さんの頭の中にはすでに、現在の過熱蒸煎機の原型となる発想があった。“こういう風にすれば過熱水蒸気をボイラーレスで発生させることができる”と、ご縁のあった四国の機械メーカーと共同開発をはじめてから、過熱蒸煎機の試作機はなんと2日ほどで完成したという。
できあがった過熱蒸煎機で、着々と製造ノウハウも確立し、さまざまなものを粉にすることができるようになった。しかし、「良い機械ができたので、これからどんどん売れるだろう。」そう考えていた加納さんたちの前には厳しい現実が立ちはだかる。
「機械は良いもののはずなのに、全く売れませんでした。パウダー自体もおいしいものができるね、と評価してもらえる一方で、端材などが出る事業者からは『パウダーの売り先があれば機械を買えるんですけどね』、エシカル商品を作りたい事業者からは『パウダーが安定供給されるようになったら買いますよ』と言われ、もう鶏が先か、卵が先かのようなジレンマ状態になってしまっていました。」
「結局、パウダーの売り先が決まらないと、機械も売れない。なので、装置を売っておしまいではなく、出来上がったパウダーを自社で買い取って、別の事業者さんに活用を提案する。パウダーを使った商品開発まで行うようになってから、だんだんと良い形になってきました。」
複数の会社との協業を通し
新たなヒット商品を
生み出していきたい
「弊社は今、玉ねぎだけでも黒字化の見通しが立ってきていますが、今後の展開としては、世の中にまだまだ存在している“かくれフードロス”を、過熱蒸煎機を使ってもっと解消していきたいと考えています。」
加納さんたちが手掛けてきたパウダーの中には、思いもよらぬ使い道が見つかった事例もある。
「取引のある漬物屋さんから、大量に出るという白菜の端材をもらい、実験で白菜パウダーにしてみたのですが、白菜はほぼ水で出来ているため、乾燥させて粉にすると2%以下の量になってしまいました。そうすると、原料からの歩留まりが悪いので、あまり商売としては成り立ちません。さらに、玉ねぎパウダーは単体でトッピングに使えたりもするのですが、白菜パウダーは脇役としてしか使えないので、パウダーとしての使い道がなかなか見つかりませんでした。」
ところが、この白菜パウダーが日の目を浴びる時がくる。廃棄される食材を用いて建材や食器などにアップサイクルをしているベンチャー企業から、「白菜は建材に使うとコンクリートの何倍もの強度を発揮します。ぜひ、白菜パウダーを仕入れたい」との連絡が届いたのだ。そうして、使い道の見つからなかった白菜パウダーには、当初想像もしなかった画期的な建材としての活躍の道が拓けた。
また、コンビニのおにぎりに利用される梅干し。その過程で出る梅干しの種を砕いてパウダー化してみたところ、まるで桃のような甘い香りのパウダーが出来上がったのだという。まだ、使い道は決まっていないがケーキ屋さんや、ファブリックを扱う会社など、コンビニおにぎりからは連想できない意外なコラボレーション先が見つかる可能性を秘めるパウダーだ。
「語り始めると、100種類ほど事例が出てきてしまいますが、これからもたくさんの実験を通して、第2第3の玉ねぎパウダーとなるものを育てていきたいですね。」
今の日本の会社は、自社でビジネスを完結させようとする考え方が根強い。各社ともにフードロスへの危機感、SDGsへの取り組みに対する意識は持ち合わせているが、「一社で解決ができることには限界がある」と、加納さんはいう。
「無駄になっているものを、技術を用いて形を変え、異業種も含めて売り先を探していく。その循環がうまくいけば、世の中全体で良いサイクルを生み出していく素敵な世界が広がっていくのではないでしょうか。かくれフードロスの解消は大きなビジョンですが、私は、それを核に出会える人との取り組みが純粋に楽しいんです。」
人と話すことが好きだという、加納さんのポジティブで肩に力の入りすぎない物腰と現代のニーズにマッチした提案とが、日本ではなかなか進まない企業間の協業を生むひとつの架け橋になっているのかもしれない。加納さんにかかれば、競合という考え方は存在しない。すべては協業相手だ。
サーキュラー型のビジネスモデルは今後ますます、持続性が重視される経済活動の中で注目されてくるはずだ。ひとつの企業の廃棄物は、別の企業にとって重要な資源になりうる。その橋渡しとなるASTRA FOOD PLANは、これからのフードビジネス業界に無くてはならない存在となりそうだ。
Well-living
Rule実践者たちの
マイルール
- 相手も自分も楽しく
- ご縁を大事にする
- 直観を信じる
- 良いところで諦める
- 疲れたらお酒を飲む
PROFILE
- 加納千裕さん Chihiro Kano
- ASTRA FOOD PLAN株式会社 代表取締役
食品関連事業に携わる父と栄養士の母の影響で幼い頃から食に関心を抱く。女子栄養大学・栄養学部を卒業後、食品メーカー等で販売、商品企画、新ブランドの立ち上げ、リブランディングの仕事などを経験。複数の会社を経験後、父が創業した会社において、過熱水蒸気によるピューレ製造技術を用いた商品開発から法人向け営業までに従事する。2020年8月、過熱水蒸気技術を用いた新事業会社としてASTRA FOOD PLANを設立。代表取締役社長に就任。埼玉県出身、故郷に本社を構える。
取材・文/木崎ミドリ 撮影/倭田宏樹 編集/丸山央里絵
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