食事も睡眠もままならない
病児の入院に付き添う親たち。
過酷な環境を変えようとNPO設立
- 光原 ゆきさん Yuki Mitsuhara
- 特定非営利活動法人キープ・ママ・スマイリング 理事長
- 光原 ゆきさん Yuki Mitsuhara
- 特定非営利活動法人キープ・ママ・スマイリング 理事長
光原さんが行うのは、病気で入院している子どもに付き添う家族へのサポート。具体的には、長期入院中の子どもに付き添う家族へ、お弁当を提供したり、食品・日用品・衣料などを届ける活動だ。きっかけは、光原さん自身が経験した、長女と次女との入院生活。「付き添い家族の置かれる過酷な環境」という医療現場の課題に向き合う光原さんのウェルリビングな活動を追った。
光原さんが行うのは、病気で入院している子どもに付き添う家族へのサポート。具体的には、長期入院中の子どもに付き添う家族へ、お弁当を提供したり、食品・日用品・衣料などを届ける活動だ。きっかけは、光原さん自身が経験した、長女と次女との入院生活。「付き添い家族の置かれる過酷な環境」という医療現場の課題に向き合う光原さんのウェルリビングな活動を追った。
日本の医療制度上、
“いない”存在にされている
病児の入院に付き添う親たち
入院する子どもに付き添い、親が一緒に泊まり込むのは「任意」だ。制度上、入院中の患者の世話は看護師らが担うもの、とされている。けれども、ただでさえ大変な新生児のお世話。生まれたばかりの赤ちゃんを一人で入院させられるはずがない。自ら希望して、場合によっては病院から要望されて、多くの親たちが病室に一緒に泊まり込んでいるのが実態だ。
医者や看護師は医療対応で手一杯。必然的に、付き添いの親たちには医療行為以外のケアのすべてが求められる。朝昼晩の薬を飲ませたり、採血に連れて行ったり、母乳やミルクを飲んだ量、排泄した量を毎回測って記録する。ミルクを鼻から飲ませるときは落とすスピードを確認し、お腹に聴診器を当てて、空気の通りを音で確認することも。
多くの病院で、付き添いの親たちは簡易ベッドで眠り、食事も出ない。簡易ベッドやシャワールームさえない病院もある。ピコンピコンと機械音の鳴り続ける病室で寝返りも打てない。乳幼児は点滴の管が絡まったりするので、そばを離れられずトイレもままならない。病院の近くの銭湯に行く暇もなく、消灯後の病室のカーテンの中で体を拭いてしのぐこともあるという。
いくつもの大きな病院に泊まり込み過ごす中で、病院ごとに付き添いルールや環境が大きく異なることを知った光原さんは、「付き添い食が出る、シャワー中に保育士さんが子どもを見ていてくれる、など助かるサポートもありました。他の病院も真似したらいいのにと思いました。」と話す。
しかし、一個人もしくは団体が声を上げたところで、病院のルールを変えるようなことができるはずもないことは、会社員として医療メディアの編集長も経験してきた光原さんはよくわかっていた。
「病院の事例を調査して公開することで付き添い環境の底上げにつなげられるのではと思うと同時に、今調査したところで回答も集められないだろうと思い、NPO法人を立ち上げて、まずは困っている当事者への直接支援から始めることにしました。」
大変な思いをしている親たちへ
こんな時だからこそ
最高においしい食事を届けたい
光原さんが生まれたての娘の緊急入院に付き添っているときに最もつらかったのは、食事だった。子どもが起きている間はそばを離れられないので、寝た瞬間にコンビニに駆け込む。次にいつ行けるかわからないので多めに買い込み、さあ食べようとすると「検査です」と声を掛けられる。1年間の入院生活で何を食べていたのか、ほとんど記憶にないという。
入院期間が長くなるほど、親たちは消耗していく。体力に自信のあった光原さんも、3カ月目で高熱を出した。「食べれない、眠れない、これが続くと体を壊すな、と。でも、目の前に頑張っている我が子がいる。親はどうしても自分の体のことは後回しにしてしまいます。」
長女、次女と合わせて約1年間の付き添い入院を経験した光原さん。次女が亡くなり、長かった入院生活が終わる。小児病棟の付き添い環境の改善を目指してNPOを設立し、自分にできることは何かと模索していたとき、『ドナルド・マクドナルド・ハウス』の存在を知った。そこは公益財団法人によって運営されている、“家から遠く離れた病院に入院している、子どもの治療に付き添うご家族のための滞在施設”だ。
都内にあるマクドナルドハウスの見学に行った日は、ちょうど企業からのボランティアスタッフが、キッチンで付き添いの親たちのための食事を作っていた。「入院しているときに、誰かにご飯を作ってもらったりしたら私、泣いていただろうな、とその時思いました。」
光原さんは直接支援の最初の形として、付き添いの親たちにおいしいものを届けようと決めた。「おいしいご飯で付き添いママたちを応援したい!」光原さんの熱意を知り、「ボランティアで協力するよ」と言ってくれるシェフも現れた。
協力してくれたのは、米澤文雄シェフ。22歳で三ツ星フレンチ「ジャン・ジョルジュ」で日本人初の副料理長となり、帰国後「ジャン・ジョルジュ・トウキョウ」などの料理長を歴任した一流シェフだ。付き添い生活では野菜が不足する。病室は一年中、室温が一定で季節がわからない。だから、「季節を感じられる野菜を中心とした食材でメニューを考えてほしい」とシェフにお願いした。マクドナルド・ハウスのキッチンを借りて、料理好きなボランティアに参加してもらい、夕食を作った。米澤シェフと一緒に調理できることもあり、毎回大人気の活動となった。
おいしいご飯を付き添い入院している親たちへ届ける食支援『ミールdeスマイリング』は、聖路加国際病院、東京医科歯科大学病院、佐賀大学医学部附属病院への食支援にも広がっていき、2015年からこれまでにのべ5,000名以上の家族へ届けることができた。
ひとつの扉を開けると
次の扉が出てくる。
やりたいことはたくさんある
食支援の活動をはじめた当初、光原さんは会社員との2足のわらじだった。しかし、2019年、活動の広がりとともに、光原さんは会社員を辞めて、キープ・ママ・スマイリングの活動に専念する覚悟を決める。その直後、コロナ禍に突入する。
コロナ禍で、付き添いの親たちの環境は過酷さを増した。お父さんたちが面会に来られなくなり、お母さんも一度外に出ると病院に戻れなくなるため軟禁状態に。その状況を知った光原さんは、2020年10月、『付き添い生活応援パック』という新たな支援事業を立ち上げる。
「院内の買い物すら不自由となったお母さんたちのためにできることをと、2週間以上入院している人を対象に、生活に必要なものを詰め込んでお届けすることにしました。」
付き添いの実態を説明し、企業に支援を仰いだ。食品だけでなく、介護用の体拭き、お湯のいらないシャンプー、院内は乾燥するのでハンドクリーム……光原さんたちの声掛けにより、活動に共感した50社を超える企業が商品を提供してくれた。
光原さんたちが大事にしているのは、すべては大変な思いをしているお母さんたちへの応援であり、“プレゼント”なのだということ。着古した服の詰め合わせのような“施(ほどこ)し”とは一線を画す。「可哀想、という言葉は時に暴力性を持ちます。お弁当もそうですが、これは応援の気持ちを、言葉ではなく物に託したプレゼントなんです。」
そして企業側のメリットも考えた提案をする。たとえば、滞留在庫の有効活用としてやサンプリングの対象として。「お母さんたちも、病院から戻ったら一般消費者ですから。つらいときに支援してくれた企業って、印象に残るだろうし。片方勝ちだと、関係性って続かないと思うので企業側のメリットもお話して協賛していただきます。」
『付き添い生活応援パック』は2022年12月時点で全国3,500家族へ配布した。家族から直接申し込んでもらう形をとったことにより、応援パックを迅速に届けられるほか、アンケートを通して親と直接コミュニケーションが取れる体制が整った。
掲示板『つきそい応援団』に
『付き添い白書』。
長年の夢を今こそ形にするとき
「全国の病児の入院に付き添う親たちとつながることができ、長年の夢がかないました。」と光原さんはいう。
それは、付き添い入院に役立つさまざまな生活情報を掲載したクチコミサイト『つきそい応援団』の開設。安心して病気の子どもの看病に専念できる環境づくりをサポートしたいという思いから誕生した、付き添い入院経験者が書き込む情報掲示板のスタートだ。
そこでは、病院ごとに違うルール、買い物事情、お風呂やシャワー、洗濯についてなど、ささやかだけれども切実な、知恵や知見の共有ができる。子どもの初めての入院や長期の付き添いの中で生まれるとまどいや孤独感を解消できるよう、光原さん自身が付き添い入院をしているときから構想していたサイトである。
そしてもう一つ叶えたい夢がある。
それは、小児病棟の付き添い環境を改善すること。団体設立の目的に着手する時がついにやってきた。キープ・ママ・スマイリングでは2022年末に、付き添い入院にまつわるアンケートを実施。3週間で3,600名を超える回答を集めた。
「“いない”存在になってしまっている病児の入院に付き添う親たちの実態を把握し、『付き添い白書』という形で報告書にします。そもそも『付き添い』は子どもたちと家族にとってどうあるべきか、現行制度の見直しや具体的な対応策を検討する場を求めたいと考えています。8年かけて、ようやく課題の本質に踏み込むところまできました。」
すべては1歳になる直前に
この世を去った娘が
“生きた意味”につながっている
本インタビューでは、挑戦者たちのつまずいた壁や、抱いた葛藤などにも焦点を当てている。しかし、ここまでお話を聞いてきて、光原さんには一切、“立ち止まり”を感じなかった。
「立ち止まったことは、ないですね。困ったな、と思ったときには必ず助けてくれる人が現れる。仕事で医療の世界に関わっていたのも、ビジネススキルを磨いてきたことも、全部決まっていた運命なのかなと思うくらい。」
「1歳になる直前に亡くなった次女が、すべて引き合わせてくれているのだと私は思っています。長女は6カ月ほどの入院で退院し、今はもう中学生で元気に過ごしています。次女は、退院する前に亡くなりました。まぶたが腫れて開かなくなるくらい泣きました。この活動は、“娘が生きた意味をつくってるんだ”と思います。だから、私のためにやっている。彼女は、使命を果たしたから、空に帰っていったんだと思えるように。」
「あとは、“オープンに生きている”からかな。一緒にやっているスタッフに隠し事なんてないし、全部相談する。彼女たちは、耳に痛いことも言ってくれます。経営者はよく孤独だって聞くけれど、私は1秒だって孤独を感じたことはないんです。」
明るい声で笑う光原さんの周りには、彼女の思いと笑顔と行動力に魅了された人々が集ってくる。「病気で入院している子どもに付き添う家族」という、声の届きにくい環境にいる人々の声が、光原さんたちを通して国に届く日も近い。
Well-living
Rule実践者たちの
マイルール
- オープンに生きる
- 健康と家族が第一、自分の足元がしっかりすること
- 独りよがりにならない
- 人の得意をリスペクトする、活かし合う
- WIN-WINであること、片方勝ちは続かない
PROFILE
- 光原 ゆきさん Yuki Mitsuhara
- 特定非営利活動法人キープ・ママ・スマイリング 理事長
1996年に一橋大学卒業後、株式会社リクルートへ入社。メディアプロデュース、人事業務に従事。先天性疾患を持つ娘を出産後、育児休暇中になくした経験から、2014年11月にNPO法人キープ・ママ・スマイリング設立、理事長に就任。2019年1月よりNPOを主軸とする活動へ。NPO活動を通じて、「病気の子どもを育てる親」への支援をさまざまな形で行う。
取材・文/木崎ミドリ 撮影/雨森希紀 編集/丸山央里絵
- KEYWORD
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