廃棄コスメが絵の具に、建材に。
アップサイクルの取り組みで
化粧品業界の変革を支える存在
- 田中寿典さん Hisanori Tanaka
- 株式会社モーンガータ 代表取締役
- 田中寿典さん Hisanori Tanaka
- 株式会社モーンガータ 代表取締役
今回取材したのは、使わなくなった化粧品を絵の具にする溶液を開発するなど、廃棄コスメの再利用方法を次々と提案し、業界に新風を巻き起こしている株式会社モーンガータ代表取締役の田中寿典さん。元コスメ開発者としての知見を活かし、廃棄予定のコスメやその原料を、絵の具やインキ、建材、重油などさまざまなものに変える研究を進める田中さんのサステナブルな取り組みを取材した。
今回取材したのは、使わなくなった化粧品を絵の具にする溶液を開発するなど、廃棄コスメの再利用方法を次々と提案し、業界に新風を巻き起こしている株式会社モーンガータ代表取締役の田中寿典さん。元コスメ開発者としての知見を活かし、廃棄予定のコスメやその原料を、絵の具やインキ、建材、重油などさまざまなものに変える研究を進める田中さんのサステナブルな取り組みを取材した。
捨てられてしまうコスメを
どうにかしたい。
その思いから生まれたキット
色鮮やかなピンクに、グレー寄りのパープル、ラメで煌めくグリーンなど、幅広い色彩を表現した色材。実はこの色とりどりの粉末状の色材は全て、アイシャドウやチーク、ファンデーションなど廃棄予定のコスメを利用したものだ。
元コスメ研究開発者である田中さんは、消費者が使い切れなかったコスメを自らの手で絵の具に変えることができる、専用の溶液『magic water』を開発。さらに、手作りペイントを楽しめる『SminkArtキット』、そして冒頭のカラフルで美しい色材『SminkArtときめくペイント』を開発した。
それらの開発のきっかけになったのは、田中さんが7年間、研究開発に従事してきた化粧品会社での経験だった。コスメ購入者から「多色パレットのアイシャドウを買ったけれど普段使いしない色は残る」などコスメを使い切れないという声を耳にすることがあったことに加え、研究開発の過程で出る大量の廃棄原料に心を痛めてきたのだ。
「例えば、商品企画が考案した『きらめくピンク』という商品コンセプトの方向性に合わせて、どの原料を使って、どんな技術でどう調合し、上品な発色や『きらめき感』を出していくか。それがコスメ研究開発者の主な仕事なのですが、その中で『きらめき感』を出すために製品の1%しか含まれない原料を調合することもあります。それでも、例えば最低量として50kg単位での購入が必要となることもあり、その結果、製造に必要な量以上の原料が納入され、大量に余り、捨てざるを得ないということも多くありました」と、田中さんは語る。
「コスメ開発者としては、自分の開発したものが購入者のもとで使いきれずに残っているということ、また、開発過程で大量の廃棄物を出してしまっているということに複雑な思いを抱えていました。」
そんなある日、田中さんは自宅でキャンドル作りなど雑貨を扱う仕事をしている姉の麻由里さんが、不要になった自分のアイシャドウで紙に絵を描いて遊んでいるのを目にする。
「これだ、と思いました。基準の厳しい薬機法の下で製造されている化粧品は、法律的にも衛生面的にも化粧品としての再利用は難しい。でも、コスメではない別のものとして再利用ができるかもしれない、と。」
着想を得た田中さんはすぐに、粉末状のコスメを絵の具化できる専用溶液『magic water』を開発。それからまもなく会社を辞め、姉と共に株式会社モーンガータの設立に踏み切った。
コスメを捨てることに
罪悪感を覚えている人の
気持ちごと掬い上げたい
『magic water』や『SminkArtキット』を通して田中さんが実現したかったのは、コスメを捨てるという行為に対するギルトフリー(消費者が製品やサービスを使うときに被る罪悪感を最小化すること)だ。
「一般消費者5,423人を対象に余ったコスメに関する意識調査を行ったところ、カラーコスメ購入者の86%ほどがコスメを使い切れずに捨てており、うち半数以上がそれに罪悪感を抱いているという回答があったんです」と、田中さん。
「廃棄コスメを原料にした絵の具を製品として提供するのではなく、あえて半製品の状態、つまり自分でコスメを絵の具化できる溶液を作り、スポイトや筆ペンなどとセットにしたキットをメインに提供しているのは、自分の買ったコスメを捨てずに、自分で絵の具に変える体験を通して、その罪悪感を少し軽減できるのではないかと思ったからです。」
消費者の気持ちごと掬い上げてあげられるような、そんな余白を残した製品作りをしていきたい。その思いは、研究開発者の頃から変わらないと、田中さんはいう。実際に、モーンガータの手掛けるイベントにはさまざまな思いを抱えた参加者が集う。イベントを中心となって担当している姉の麻由里さんは、そこで出会ったあるお客さんから聞いたエピソードが強く印象に残っている。
「先日お見えになった40代のお客さまは、20代の時に初めて買ったというアイシャドウをお持ちになりました。それをキャンドルに変えたいということでお手伝いさせていただいたのですが、使わなくなったコスメにまたひとつ思い出がプラスされるのを目の当たりにして。思い出って引き継げるんだなと、私も感動してしまいました。」
お客さんの思い出のブラウンのアイシャドウが、淡いブラウンのキャンドルに形を変えていく様はとても感動的で、力をもらったと麻由里さんは語る。
創業後すぐコロナ禍に。
おうち時間が増えたことが
ペイントキットへの注目を後押し
会社を設立し、『SminkArtキット』をイベント等で広めていこうと考えていた矢先、田中さんたちを襲ったのがコロナ禍だった。緊急事態宣言が発令され、イベントが一切実施できなくなってしまった。ところが、逆にコロナ禍で人々のおうち時間が増えたことによって、田中さんたちの事業は脚光を浴びることになる。
「マスクをするからリップやチークをしなくなり、外出自体が減るのでコスメがどんどん家に溜まっていく。さらに子どもが家にいる時間が増えて、みんなが家の中で新しく楽しめることがないかを躍起になって探し始めた時期でした。その時に、自分のアイシャドウのパレットが絵の具パレットとして遊べるなんてすごくいいじゃないかと、おうち時間のツールとして世の中に受け入れられたんです」と田中さん。
テレビ東京の経済ニュース番組『WBS(ワールドビジネスサテライト)』のトレンドたまごで取り上げられたことをきっかけにメディアでの露出が増えていった。そしてその現象は、なかなか賛同を得られなかった化粧品業界の態度を軟化させていくことにもつながっていった。
「企業からコスメの廃棄が出ているということは、生活者にはまだ知られていない事実でした。企業からすると、それをわざわざ自分たちから焦点を当てたくないというのは当然の心理だったと思います。化粧品業界はイメージ重視の世界でもあるので、化粧品と廃棄というワードを結びつけること自体がイメージ棄損につながると言われていました。」
しかし、そんな化粧品業界に風穴を空けるべく、田中さんは一社一社、根気よく口説いていった。田中さんの説得に最初に耳を傾けてくれたのは、古巣アルビオンの親会社である、コーセーだった。
「大手のコーセーが採用していること、またテレビで話題になったこともあり、花王、カネボウ、POLA、資生堂、ファンケル……と、業界大手の会社からも徐々に声をかけていただけるようになりました。」
モーンガータは、今では15社の化粧品メーカーからバルク(=コスメの中身)を有価物として買い上げている。また、企画イベントなどを合わせると実に30社近くとタッグを組んでいる。
カラーボールペンに
印刷インキ、建材まで
さまざまなものに姿を変え
ペイントキットからはじまった田中さんたちの取り組みは今、さらに多様な広がりを見せている。
「肌に直接触れる化粧品は、非常に厳しい薬機法の規制のもとで作られています。そのため、化粧品の原料やバルクは、工業用途などの原料として使用する際、その法律や規制基準をクリアできるものばかりなんです。」
そう説明しながら取材時に田中さんが取り出したのは、可愛らしい色みを発するカラーボールペンだった。紙にさっと書いてくれたブルーの文字は、ほのかにラメが入り、光の当たり方によってその見え方が変化する。このカラーボールペンのインクは全て化粧品の中身でできており、まさにコスメならではの心躍るような特別な色調が表現されている。
「どの色みも、再現性はありません。廃棄予定だった原料の使い切りです。工業的に見るとデメリットですが、一期一会といいますか、もう二度と出てこない色として価値を見出して楽しんでいただいています」と、田中さんは微笑む。
カラーボールペンに印刷インキ、アクリル板から建材に至るまで、使い切れない化粧品や開発途中で廃棄される原料などが、田中さんの技術と他社とのコラボレーションにより新たな姿に形を変え、再利用されている。さらには、その廃棄コスメをアップサイクルした印刷用インキを化粧箱・販促物・流通資材の印刷に使うなど、化粧品企業で余った資源を自社で余すことなく使う好循環な仕組み作りにもひと役買っているのだという。
「先日は、1,500kgのクレンジングオイルをどうにかしてほしいという依頼をメーカーさんからいただきました。試行錯誤の末、そのオイルをある特殊な機器を用いて精製することで重油に変えることができる技術を構築することができました。農家さんがビニールハウスの暖房に重油ボイラーを使うのですが、精製した重油はその燃料として代替できます。」
企業側からすると、これまで費用をかけて廃棄処分をしていたものを、モーンガータに買い取ってもらうことで廃棄費用が浮くだけでなく、さらにアップサイクルの取り組みとしてPRもできる。モーンガータは今、化粧品メーカーの持続可能な経営にとって欠かせないパートナーになりつつある。
もったいないという思いから始まった田中さんの取り組み。その思いは大きく広がり、進化を続け、今や有限である地球資源の循環を支えるハブの役割までを視野に入れる。
日本の化粧品業界は、化粧品の技術や品質としては世界トップを誇るものの、グローバル市場ではあまり強い存在とはいえない現状があるという。今、世界中が注目しているサーキュラーエコノミーの仕組みをさらに構築し、発信していくことができれば、日本の化粧品産業の魅力の底上げにつながっていくはずだと、田中さんは考えている。
Well-living
Rule実践者たちの
マイルール
- 自分自身が楽しむこと
- 見掛け倒しにならず、本質性を重要視すること
- 気持ちごと掬い上げられるものを提供すること
- 資源を節約しつつ新しい価値を生み出すこと
- 法令を順守すること
PROFILE
- 田中寿典さん Hisanori Tanaka
- 株式会社モーンガータ 代表取締役
東京大学大学院修了後、株式会社アルビオンに入社。約7年間コスメの研究開発に従事し、2019年に株式会社モーンガータを設立。使わなくなった化粧品を絵の具に変えて活用できる溶液『magic water』、『SminkArtキット』、『SminkArtときめくペイント』を開発し、姉と共に販売・イベント企画を行う。役目を終えた化粧品から生み出した製品は、印刷インキ・紙再生ボード・水性ボールペン・アクリル樹脂・建材・重油など多肢に渡る。化粧品業界のハブとなり廃棄原料の再利用に、日々新たな活路を見出している。
取材・文/木崎ミドリ 撮影/鮫島亜希子 編集/丸山央里絵
- KEYWORD
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