あじつぎ(味継)プロジェクトレポートVol.3
大切な味を継ぐ、責任の重さを解消するための『あじつぎコミュニティ』の可能性
忘れられない思い出の味――特に地方でお店が廃業するなどして絶えつつあるおいしさを次世代へと受け継いでいくためのプロジェクト、『あじつぎ(味継)』。どんな事業承継の仕組みがあれば、大切な食文化は残していけるのか?
今回はプロジェクトリーダーであり、食をこよなく愛する起業家の佃 慎一郎さんが、ターゲットとなる30代の二人にヒアリングした際の様子を振り返ります。そして、会話から得られた示唆をもとに、新たに『あじつぎコミュニティ』づくりが動き出すことに。
書き手
佃 慎一郎
ティー 代表取締役
事業承継は興味あり。だけど不安が大きい
第1回のコラムの最後に、「僕ひとりだけではなく『絶やしてはいけない味を事業承継で未来へつなぐ』という想いに共感してもらえる人たちと出会い、議論し、その中で仲間となって、みんなで多くの味を未来へ残したい、これが今の僕の心からの願いです。」と書きましたが、現時点では「仲間になりたい!」というアプローチはまだありません(笑)。
待っていても話は進まない、ということで、前回のコラムを周りに読んでもらって、興味ある人(特に想定ターゲットの20〜30代)を探し、『あじつぎ』や事業承継という選択肢、どう思います?と直接聞いてみようと動き出しました。すると運よく「明確に事業承継したいと思ってはいないが興味はある」という方を紹介いただけて、直接お会いすることになりました。ちなみにお話を聞かせてもらったのは以下のお二人です。
Aさん:大学卒業後、エンジニアとして就職。その後情報通信会社勤務を経て、現在は地域に密着した教育サービスを提供支援するベンチャーに勤務。女性。35歳。夫と2人暮らし。
Bさん:大学卒業後、通信キャリア会社に就職し、法人営業を経験した後、情報通信会社、出版社のバックオフィスの業務改善等に従事、現在は情報通信系のベンチャーに勤務。男性。35歳。独身。実家は大阪の精肉店で弟さんが承継している。
お二人とも現在、会社組織の中で大きな期待や役割を持たれてバリバリと働かれている方で、今のまま組織の中で働き続けるのもありだし、今回みたいな事業承継も興味があるという立場の方でした。
今回お二人と話すにあたって、僕が聞きたかったことは、冒頭に書いたように『あじつぎ(事業承継)』という選択肢に対してお二人のようなターゲット世代が率直にどのように感じているのかということでした。初対面だったので、自分の経験や想いなどよもやま話も挟みながら、お互いの理解が深まったタイミングで、いよいよ本題の『あじつぎ(事業承継)』ってこれからの二人の職業の選択肢としてどう考えますか?と質問してみました。そこで出たふたりの答えはこうでした。
「やっぱり生半可なことではないなと正直思っていて……。たとえば事業承継のサイトで見つけて急に飛び込めるかというと、やっぱり縁は必要だし、それを一緒にやってくれる仲間、ノウハウというのがないと、なかなか。(中略)やっぱり縁がないところ(場所)への怖さや、ノウハウがないという怖さというのは正直あって。
興味ある人間むちゃくちゃいると思うんですけど、結局みんなそこ(事業承継)出てこられないのは、その理由なんじゃないかなって。」(Aさん)
「僕は実家が商売をやっていることもあり、自分のやりたいことの実現のためには組織に属すことだけではなく、起業や事業承継も選択肢として考えられますが、自分たちの周りで事業承継が職業選択のひとつとして挙がるためには、周りが結構やっているから怖くないといったような空気感が必要なのでは。起業と比べると事業承継は周りがやっていないから。もっと成功事例があれば。」(Bさん)
これって本当にリアルなコメントだと思います。個人的には『あじつぎ』や事業承継に興味がある人たちだからもう少し前のめりな反応があるのかも、と期待していましたが、実際は僕が考えるほど簡単なものではないのだなと。確かに『あじつぎ』のコンセプトは共感できるし、何か自分もできたら良いなと興味はある。だけどその方法として「事業承継」という話が出てくると、自分たちの周りで承継の事例をあまり聞かないし、事業承継元の社長や従業員、その事業が営まれている場所などとの縁次第なところも大きそうだし、何よりどうしたら成功するのかのノウハウも明確じゃないので、やりたい人は限られるということなのだと思いました。
経営ノウハウや成功事例が知りたい
一方で、前回の座談会の中で、事業承継したいというニーズはあるだろうけれど、長い間営まれた事業のバトンを自分の人生をかけて引き継いでいきます、というある種の事業承継の「重さ」はこれから承継しようと考える候補者には大きな壁となりなかなか成立しないのではないか?という話が出ていたこともあり、お二人の反応はある程度は想定内のところもありました。
そこで、「組織で経営支援やいざという時の後任探しなどもバックアップするので、転職感覚でまずは3年くらい、気楽にライトに事業承継をしてもらうような形も考えているのですがどう思いますか?」と尋ねてみました。
「めちゃくちゃうまくいっているのに(自分が)事業承継して、ぐちゃぐちゃにして地域を壊して、3年で去ります、も結構あれなので……。
やっぱり事業承継するって、そこにいるコミュニティにお邪魔するということになると思うので、軽く出にくいし、従業員を一応背負う責任が(ある)。(中略)こっちは転職活動と同じノリで3年チャレンジして、肥やしにして次に出ていくは、それだけ考えると全然(ありで)、経験と土台が1個できたぐらいな感じになるんですけど……。」(Aさん)
このコメントはAさんのものですが、BさんもAさんの言葉に深くうなずいており、お二人とも僕が思った以上に雇用主になるという選択肢を真剣に、重く考えているのだなと感じました。
起業とは違いリスクは低いかもしれないけれど、転職と比べれば、引き継ぐ形とはいえ雇用主になるわけで、どれだけ形式的な部分が軽減されたとしても、事業主(雇用主)としての本質的な責任が確かに軽くなるわけではありません。そう考えると事業主という責任や立場を入口の時点で必要以上に軽くすることだけが事業承継を推進するための課題解決策ではないのでしょう。事業承継に興味があるけれど一歩踏み出せない人たちが感じている責任感の重さや経営する上での不安を解消できる、経営ノウハウや見本となる先輩承継者の姿や言葉、そういった情報がきちんと用意されていないと、この先消えようとする多くの味を救う『あじつぎ』というプロジェクトを広めていくのは難しいと改めて感じました。
『あじつぎコミュニティ』創生に向けて
僕自身、周囲に起業や個人事業主で働くという組織に属さない働き方を選ぶ人が多く、環境的に組織から出て働くということにさほどの不安を感じていませんでした。しかし、『あじつぎ』の取り組みを一部の限られた人たちのものではなく、もっと広げていくためには、今組織に属している人にも事業承継という選択肢をもっと身近に感じて、選んでもらえる環境づくりをしていくことがとても大事だと今は感じています。
以前からこの環境づくりの打ち手のひとつに、あじつぎに興味ある人たちが集まるコミュニティづくりがあると考えていました。けれども、僕は具体的な承継案件がない中、先にコミュニティだけを作ることは実効性のない取り組みに陥るのではないかと危惧もしていました。
確かに具体的な『あじつぎ』案件を目の前にして、誰が承継するのか、承継するために何が必要なのかと現実的な議論を通すことには具体的な前進があります。ただ、同時に『あじつぎ』や事業承継について興味のある人たちが気軽に集うコミュニティを用意し、その中で既に他の人が承継した案件や承継を見送った案件などもスタディケースとして、率直に今抱える思いや不安、想定される課題や解決策などをみんなで対話する場があることが大切なのではないか。それが、不安なく『あじつぎ』できる人を生み出し、さらには承継元に対する『あじつぎ』プロジェクトの存在感も高めることができて、多くの案件が集まることにさえ繋がるのではないかと今、思い直しています。
そこでお願いです。
もし『あじつぎ』や事業承継に興味はあるけれど、リスクを感じるのでなかなか一歩踏み出せない、そんな思いを持っている方がいらっしゃればぜひ一度ご連絡いただけないでしょうか。100人いらっしゃれば100人の不安があり、それら全てに答えることのできる解決策はないと思います。ただ100の不安にもし似たような不安があるのだとすれば、そこを優先的に考えてみんなの不安を解消し、『あじつぎ』を現実的にやってみたいと考える人を増やすことはできる気がしています。
また、そのコミュニティの中では、あまり広くオープンにはできないこれまで私が関わった案件の生々しい課題やそれらへ試行錯誤しながらどのように解決してきたのかという承継事例の話もできると思います。
『あじつぎコミュニティ』を通して、興味あるみなさんがなんとなく感じる不安を解消し、実際に承継してみようと希望を持てる環境づくりにチャレンジしてみたいと考えています。
ひとりでもふたりでも『あじつぎ』や事業承継に興味をもつ人たちと出会い、議論し、その中で仲間となって、みんなで多くの味を未来に残していく――この『あじつぎ』というプロジェクトを、一歩ずつではありますが、着実に前に進めていきたいなと考えています。皆さんからのご連絡を心よりお待ちしています。
PROFILE
- 佃 慎一郎さん
- ティー 代表取締役/NODE 客員ディレクター
千葉県生まれ。早稲田大学教育学部を卒業し、アクセンチュアに新卒入社。その後株式会社アイスタイル取締役として@cosmeの創業に携わる。株式会社アイスタイルにおいては@cosmestore、@cosmeshoppingを管轄する子会社の代表取締役を歴任。アイスタイル退職後はbeBit取締役、株式会社パンパシフィックインターナショナルホールディングス執行役員兼CDOを経て、現職。
株式会社ティーにおいてはこれまでの事業経験を活かしハンズオン型の投資事業を行い、旭川市の食料品小売事業や演出塗装事業など複数の会社に投資、伴走型経営を行っている。お茶が好きで、社名にするほど思い入れが強い。
文/佃 慎一郎 編集/丸山央里絵
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