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ACTIVITIES プロジェクト活動
2022.10.17

あじつぎ(味継)プロジェクトレポートVol.1

絶やしてはいけない食文化を未来へ受け継ぐ。「あじつぎ」プロジェクト始動!

この社会を、すべての人が「活きる」社会へと前進させるための実験である“ウェルリビングプロジェクト”。記念すべき第1弾は、食をこよなく愛する起業家の佃 慎一郎さんがひょんなことから受けたショックがアイデアの発端となった、「あじつぎ(味継)」です。

地方にある小さな愛すべき味をどうやったら残していけるのか。受け継ぐ人にとっての魅力をどう高めていけるのか。新しい事業承継のあり方を模索していきます。

目次

書き手

佃 慎一郎

ティー 代表取締役

消えてしまった思い出のあの味

あなたの思い出の味、今もあの場所で、同じように味わうことができるでしょうか?

僕の思い出の味は、いつの間にかこの世の中から消えてしまいました。そのお店は、岩田屋の地下に出店する干物やさんで、いつも多くの人で賑わう人気店でした。後にも先にも、僕はあのようなジューシーな干物に出合ったことはありません。店舗で購入するだけでなく、通販でも取り寄せる程、大のお気に入りでした。ある時、いつものようにお店に立ち寄ってみると、僕の思い出の干物やさんのあった場所には別の干物やさんがありました。何かあったのかな?と岩田屋の人に尋ねてみると「事業者が高齢で廃業された」とのこと。諦めきれず本店のある志賀島へ車を走らせてみると、そこにあったのはひっそりと静かに閉じられた扉。もう二度と開くことのない扉の前で、僕の心に浮かんだのは、もうあの干物食べられないんだなという寂しさと、あんな奇跡のような干物が後継者がいないという理由であっけなくこの世から消えてしまうんだという無念さでした。

丁寧に、正直に、お客さま第一で、おいしいモノを提供するお店は永遠だと僕は思っていました。来店客の多い首都圏にあるお店はたぶんまだ大丈夫です。ただ、もしあなたの思い出の味が地方にあるとしたら、急いでお店に行った方が良いかもしれません。あなたの思い出の味を提供してきたお店は、明日にでもお店を閉めるかもしれません。

この干物やさんの廃業という悲しい出来事が、僕に「食」×「事業承継」というテーマを考えさせる大きなきっかけとなりました。赤字だからお店を閉めるのではないのです。老舗であったとしても、地方の店主の前には、来店客の減少、自らの高齢化、後継者不足、コロナなど多くの壁が立ちはだかっています。お店は赤字ではないけれど、これらの壁を超えるための新たな投資をしてまで続けていくのは正直しんどいな、そう考える店主が多くいます。あなたが都会で何気なく過ごした今日が、あなたの思い出の味の最後の日。そんな悲しい出来事が毎日、日本のどこかで起きています。

1枚1枚丁寧につくられる(写真はイメージ)

ファンを抱えながら、毎日100件ずつ消えていくお店

そんなきっかけで始まった僕の「食」×「事業承継」というテーマ。事業承継を調べてみると、ここ数年は経営的に行き詰まるいわゆる「倒産」ではなく、事業の継続可能性をもった状態(資産超過)で閉める「休廃業」が年間4~5万件あり、またその過半数を超える企業が黒字で休廃業されていることがわかりました。また休廃業の理由は複数の要因が複合していることも多いのですが、僕の思い出の干物やさんと同じように「後継者がいない」という理由で事業を止めてしまう会社やお店の割合は6割を超えていることもわかりました。干物屋さんは特別なケースだったわけではなく、今の日本においてはごくごく典型的な休廃業の形だった訳で、多くのファンを抱える事業や店舗がそれこそ毎日100件以上もこの世の中から消えてしまっているという事実に驚愕しました。

一方では、このように可能性のある事業が後継者不足等により休廃業により失われていく、この状況を憂いている人、またビジネス的にチャンスだと考える人も多くいて、ある民間調査会社のデータでは既存事業を別の事業主が引き受ける、いわゆる事業承継は、2015年には844件だったのが、2020年には2,139件と、5年間で約2.5倍に拡大しています。徐々に事業のバトンを引き継ごうという流れが社会にできつつあるのです。

東京商工リサーチ「2020年『休廃業・解散企業』動向調査」に2021年の同社発表数字を加筆したもの

注1)休廃業とは、特段の手続きをとらず、資産が負債を上回る資産超過状態で事業を停止すること。注2)解散とは、事業を停止し、企業の法人格を消滅させるために必要な清算手続きに入った状態になること。基本的には、資産超過状態だが、解散後に債務超過状態であることが判明し、倒産として再集計されることもある。

事業承継を成功させるために今、足りないパーツ

前述の社会全体の流れもあり、僕個人としても食領域における事業承継を進めようと決め、ここ数年に渡り、事業承継に関わる多くの人たちと様々な形で関係を深めてきました。その過程でいろいろな気づき、学びがあったのですが、その中でも、事業承継を成功させるには以下の4つの要素が全て揃う必要があるということがわかりました。

 1. 事業承継案件情報
 2. 投資資金
 3. 経営力(ノウハウ)
 4. 事業承継候補者

それぞれ簡単に説明をすると、1の事業承継案件情報は、言葉の通り、事業承継案件情報そのものです。どんな事業で、事業主はどのような法人・個人で、財務はどのような状態で、取引先や雇用人数がどれだけかなど、事業詳細がわかる情報です。地方部の案件だと情報がまだまだオープンになっていないといった課題がありますが、小規模M&Aサイトなどの情報を仲介するプラットフォーマーも増えつつあり、徐々に案件が広く見えるようになってきています。

2の投資資金は、承継元の法人や個人へ事業譲渡の対価として支払うお金や、事業を引き継いだ後に改善するための資金や運転資金などの事業運営のための資金の諸々です。事業譲渡そのものは無償でというケースもありますが、引き継いだ後は通常の事業経営なので、仕入れや人件費など資金は必要となるため、個人よりも法人が承継先となることが多いといった現実があります。

3の経営力(ノウハウ)は、特に個人が事業承継した際に重要になる要素なのですが、事業承継した後は、その個人は承継前にどのような立場であっても、ひとりの経営者になります。仮に承継以前が会社員で会社や上司などの指示の下で業務遂行していた人にとっては、経営者として今までより多くの業務範囲を管理し意思決定していくことになり、また引き続いた事業の将来性を創出すべく、現状を打開し、変革を推進していくリーダーシップや他社協業のネットワークなどのスキルや経験も場合によっては必要となります。結果的に2と同様、法人であればそのようなノウハウもあるため、特に同業法人が事業承継先となることが多いです。

4の事業承継候補者も言葉通りで、事業を受け継ごうと考える法人・個人そのものです。特に地方部の案件の場合は、その事業が存在する地域に当面の間は滞在しながら承継を進めていく必要があり、ある種の移住が必要となるため、事業承継候補者は働く場所に対して一定程度自由のある人が望ましいです。

僕自身、この4つの要素を数年かけて、ひとつずつ埋めてきたのですが、最後の4番目の要素、事業承継候補者、ここが最後のピースとしてまだ埋められないまま残っています。僕が一人でやる分にはこのピースも埋まっているとも言えるのですが、僕一人では承継できる事業は限られます。世の中に残すべき味をひとつでも多く残すためには、残す味の数だけ承継者が必要です。

事業承継の成功のために必要になるパーツは4つ

起業より低リスク。「事業承継」という独立の選択肢

ここからはウェルリビングの観点から今回の「あじつぎ」についてお話できればと思います。

意思決定における自分の裁量範囲を広げること、これがウェルリビングであるために必要不可欠な要素だと僕は思っています。多くの人は企業人として生活しています。衣食住が足りること、これはWellの前に、Livingとして最低限必要なこと。そのために企業に勤め、お給料をもらうこと、これを僕は全く否定する気はありません。ただ、企業人として働いている時に自分の思い通りに意思決定できる局面はどれくらいあるでしょうか。もちろん、企業人として意思決定における自分の裁量を広げることは可能です。ただその立場に至るまでにはそれなりの期間と忍耐力、そして時には運も必要だと思います。

一方、今は起業するという選択肢もあります。どんなに小さくても自分の志に沿って事業を立ち上げ、自らの責任で事業を進める中において、100%自分の裁量で意思決定が可能です。これは確かにウェルリビングではあるのですが、起業という選択肢には事業が軌道に乗るまでの間、自らを不安定な経済状態に置く状況になるリスクがあり、なかなかその選択肢をとれないのも現実だと思います。

そこで僕が選択肢として提案したいのは、ここまで話をしてきている事業承継です。事業承継を経て、どんなに小さくても自分がその会社や店舗の経営者になるとしたら、そこで行われる意思決定は100%自分の裁量。また、事業承継する事業を事前にあらゆる角度から調査をした上で、財務状態も売上利益も一定担保されている事業を継承するならば、起業に比べ失敗のリスクは低い。このようにセーフティーネットがある状態で、雇用者から事業者への転身をすること、これはウェルリビングでありたいと願う多くの人にとって選択肢のひとつになると僕は考えています。

本プロジェクトリーダーの佃 慎一郎さん(撮影/雨森希紀)

希少なおいしいモノを残すためには仲間が必要

大好きだった干物やさんの廃業から始まった、僕の「食×事業承継」というテーマ。いよいよ実行に向けて最終段階に入ったと思っています。首都圏にある思い出の味は、事業主の高齢化があっても、市場の大きさから多くの人が事業承継に参入し、引き継がれています。ただ首都圏と同じくらい残すべき味が地方にも多くあり、その多くは承継されることなく、この世界からひっそりと消えています。死の淵にある全ての味を残すことはできないかもしれませんが、ひとつでもふたつでもその味を未来に残すことができたら、レッドリストの生き物を残すのと同じくらい、この世の中にとって意義深いことだと僕は考えています。

このように今まさに消えようとしている多くのおいしいモノを、ひとつでも多く残そうとするには多くの仲間が必要です。僕ひとりだけではなく「絶やしてはいけない味を事業承継で未来へつなぐ」という想いに共感してもらえる人たちと出会い、議論し、その中で仲間となって、みんなで多くの味を未来へ残したい、これが今の僕の心からの願いです。しかもそれを事業承継という仕組みを通じて実現することで、多くの事業主が生まれ、ウェルリビングな人が増える世界も同時に作り出せたらいいなあと夢想しています。

PROFILE

佃 慎一郎さん
ティー 代表取締役/NODE 客員ディレクター

千葉県生まれ。早稲田大学教育学部を卒業し、アクセンチュアに新卒入社。その後株式会社アイスタイル取締役として@cosmeの創業に携わる。株式会社アイスタイルにおいては@cosmestore、@cosmeshoppingを管轄する子会社の代表取締役を歴任。アイスタイル退職後はbeBit取締役、株式会社パンパシフィックインターナショナルホールディングス執行役員兼CDOを経て、現職。
株式会社ティーにおいてはこれまでの事業経験を活かしハンズオン型の投資事業を行い、旭川市の食料品小売事業や演出塗装事業など複数の会社に投資、伴走型経営を行っている。お茶が好きで、社名にするほど思い入れが強い。

文/佃 慎一郎 編集/丸山央里絵

KEYWORD
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