「パーパス時代の『越境人材』をはぐくむプロジェクト」スペシャル対談vol.2
パーパスをはぐくむのは「原体験」。未来人材へ体験を提供する挑戦
多くの企業がパーパスを掲げる時代に、新しい事業や価値を創っていくのはどのような人材なのか。企業はこれからどんな人材を採用し、どう育成をしていけばいいのか──。そのキーワードを「越境人材」と置き、企業の垣根を越えて、今後の私たちの働き方・企業のあり方を考えていく「パーパス時代の『越境人材』をはぐくむプロジェクト」。
本活動から生まれたスペシャル対談企画の第2弾。今回は、大企業とNPOという対照的なフィールドで、共に「未来を担う人材の育成」に取り組むお二人にお話を伺いました。住友生命で中高生向けの金融リテラシー・キャリア教育を軸にしたサービスを提供している山口氏と、NPO法人クロスフィールズで高校生向けグローバルキャリア探究プログラムを立ち上げた西川氏です。これまでの活動はもちろん、人の可能性を広げる環境の創り方まで語り合っていただきました。
話し手
山口 潤
住友生命保険相互会社 営業総括部 兼 新規ビジネス企画部 部長代理
話し手
西川理菜
NPO法人クロスフィールズ ディレクター
越境でもたらされるのは、「マイノリティ」になる原体験
——まずは、本プロジェクトのテーマである「パーパス時代の越境人材」について、お二人が描いているイメージからお伺いします。これからの社会で活躍できる人物像や、そういった人材が生まれる環境は、どんなものと考えていますか?
西川理菜氏(以下、西川): そうですね。人物像としては「自分のパーパス(社会における存在意義)を、原体験に裏づけされた形でしっかりと語れて、アクションを起こせる人」ではないでしょうか。そして、そういった人材を育むための方法の一つとして、「越境」が効果的であるということは、これまでの活動を通して実感しているところです。
山口 潤氏(以下、山口): 私が考えているイメージとほぼ重なっていて驚きました。私はその自分なりのパーパスを「Will(意志)」として、Willを持つためには原体験が必要だと考えて、進行中のプロジェクトを構想しました。
西川: 本当ですか? すごいマッチングですね!
——まずは西川さんから、NPO(非営利組織)での具体的な活動内容を教えていただけますか?
西川: はい。我々は10年ほど前から、企業の社員が新興国において社会課題解決に取り組む「留職プログラム(※)」を提供しています。ですが、越境さえすれば、人が変わり企業も元気になるという短絡的な話ではありません。越境は目的ではなく、あくまでもツールの一つ。越境を通じて自身を内省して、パーパスを軸にやりたいことが明確になり、アクションを起こしていける人材が増えることが目的であり、今後の社会に必要なことだと考えています。
私自身も民間企業からNPOへ、日本から海外へなど、さまざまな越境を実際に経験してみて、越境のメリットは「自分がマイノリティになる経験ができる」ことにあると感じました。日本でずっと暮らしていると多数派であることが日常なので、社会的弱者の立場になることは意識的に機会を持たないとできません。でも例えば、海外に行くだけでも自分のマイノリティ性に気づいたり、別の立場での思考のチャネルが増えたりします。
越境によってマイノリティになる経験を味わったことがある人が増えれば、社会全体にもっと寛容さやダイバーシティが溢れるのではと考えています。
山口: まったく同感です。今まで自分がいたテリトリーから出ること自体を広義の越境だとすると、外へ出てマイノリティである自分に気づく体験というのは、その人を強く、成長させてくれますよね。
西川: そう、ホームにいるときは「何でもできる」と思っていたのに、出鼻がくじかれる経験そのものが人の価値観を深め、人生経験を豊かにする気がしています。
私自身も、チームのメンバーも、学生時代の自分を思い返してみると、社会課題解決や国際協力に強い関心を持ちながら、就職先の選択肢が国連しか思い浮かばないような状況にありました。そして、国連自体も狭き門です。私自身は「だったら、まずは企業に入ってビジネスを通じた課題解決を目指そう」と一度は民間企業へ就職したのですが、もしも当時の自分が、もっと多彩なNGOの活動や、社会課題解決をミッションに利益を生み出している企業の存在、あるいは海外の大学院への留学など幅広い進路の選択肢を知っていたら、今とは違うキャリアを歩んでいたかもしれません。
だからこそ、大人である私たちが、より多くの進路の可能性を示すことで、社会課題解決を担う次世代のリーダーが育まれるのではないかと思いました。昨年、私が立ち上げた「CROSS BRIDGE(クロス・ブリッジ)」という高校生向けのグローバルキャリア探究プログラムは、あの頃の自分に受けさせたかった授業を作っているような感覚です。
山口: 当時は思い浮かぶ選択肢が狭かったというご自身の経験を踏まえて、次世代の人材にはそれを広げてあげたいと活動されている。とても素敵ですね。
子どもたちがこれから幸せに生きていくために、いかに多くの体験を積み重ねてあげることができるのか。これは私も大切にしているメッセージなので、今のお話がとても響きました。
民間のIT企業で営業として勤務したのち、2015年にNPO法人クロスフィールズに加入。留職プログラムをはじめとする社会人向けのプログラムに加え、経済産業省「未来の教室」事業も担当。全国の高校生が国内外の社会課題とつながり、キャリアや進路について考えるプログラム「CROSS BRIDGE」の推進を行っている
自分の意志を会社のパーパスへつなげ、社会課題解決への種を蒔く
——山口さんの取り組みについても聞かせていただけますか?
山口: 私が取り組んでいる中高生向けの出前授業などの授業支援サービスも、まさに、子どもたちの「体験の幅を広げ、より多くの子どもたちが、より広い将来の選択ができる世の中を創ること」がゴールイメージなんです。
前提をお話しますと、私たち住友生命は保険会社である前に金融機関という位置付けがあります。そこで私は、まずは金融教育を中心に複数の授業を作り、学校へ無料でお届けして、子どもたちがこれから社会を生き抜くために役立つ知識・スキルのような、先生方が教えきれない部分のお手伝いをさせていただいています。
この新規ビジネスは自分の意志から構想したものですが、社内の公募企画で受賞したことで、会社のパーパスへ昇華させないといけなくなりました。と同時に、それまでは営業現場一筋だった自分が、たった一人で教育という分野に飛び込み、社内でマイノリティの立場になったのです。その瞬間に自分のちっぽけさを知りましたし、社内外のあらゆる人たち、それこそ教育関係者やNPO団体の方々の素晴らしさにも気づきました。
——保険会社から金融という発想が生まれた理由は分かりましたが、なぜ、それが、「子ども向けの授業」になったのですか?
山口: 実は私、3人の息子を長くシングルファーザーとして育てています。だから、おそらく一般的なお父さん以上に「この子たちが生きる将来ってどうなるんだろう?」と考える機会が多かったのだと思います。
あるとき、上の双子が小学校高学年の夏休みに、職業体験企画に応募したところ、幸運にも弁護士とアナウンサーの職業体験をすることができました。すると、参加したその日から勉強に対する姿勢が勝手に変わっていったのです。さらに弁護士の体験をした子は、その年のクリスマスに「子ども向け六法全書が欲しい」とまで言い出して。
息子の変化を目の当たりにして考えたのは、きっと働く大人たちをリアルに見て「こうなりたい」と刺激を受けたんだろうな。もしも、もっと多くの子どもたちにこういった体験の機会があったら、世の中はものすごく良くなるんじゃないか、ということでした。さらには、子どもたちの視野や選択肢は本来もっと広くあるべきなのに、今は狭い人生選択しかできない社会になっているんじゃないか。そう考えて、体験教育を志し、まずは金融教育の出前授業から始めよう、というアイデアに至りました。
西川: 山口さんみたいな方が保険会社にいるイメージが無かったので、正直、意外でした。なんて言えばいいかな。いい意味で“青臭い”思いを持った社員がスミセイさんにいる、それを内に秘めるだけじゃなく会社というフィールドを使って実現されていることが素晴らしすぎて。お互いのやっていること、めちゃめちゃシンクロしていますよね。
山口: ありがとうございます。付け加えると、いわゆる生まれ育つ家庭環境による体験格差・教育格差の存在や、学習能力ばかりに特化した世の中に対して、私は非常に疑問を感じています。本来は、学校へ行くだけで、子どもたちの誰もが体験の機会を受けられるべきです。だからこそ、私は、サービスの提供フィールドは極力、学校の場でありたいと思っています。
金融の出前授業は目指している世界観の第一歩で、最終的なゴールイメージは先ほども話した通り「多くの子どもたちが多くの職業選択ができる世の中」です。そのためには弊社だけの話ではなく、いろんな職業人や企業とで手を取り合って、子どもたちや学校に対して、体験教育を提供していくことが大切だと強く感じています。
新卒で住友生命保険相互会社へ入社後、約20年間営業現場で販売やマネジメントに従事。社内公募による新規ビジネス企画案が採用され、2021年から子どものWell-being向上を目指す教育サービスに取り組んでいる。2023年4月より現職。3男の父。
体験格差の解消の先に生まれる、化学反応を見てみたい
西川: 体験格差の話で言うと、私たちのプロジェクトではすでに関心を持っている子どもに「体験の幅を増やしてあげること」もしたいんですけど、潜在的に関心が芽生え始めている、あるいは芽生えるかもしれない子たちにいかにアクセスできるかが勝負だと思っています。
というのは、学生時代の私みたいなタイプの子どもは機会があれば自分から手を挙げるので、わざわざ働きかけなくてもいいんです。少しでも体験格差を縮めるためにリーチすべきは、「社会課題って何だろう」「気にはなるけど学校で話すのは勇気がいる」など、認知の入り口に立っているような子どもたち。
昨年度、「CROSS BRIDGE」を30名で実証した際、3名が離脱してしまいました。おそらくその子たちは「友達に誘われて何となく参加したけど、他の参加者は意識が高すぎる」とか「自分はこの場にいるべきでない」と萎縮してフェードアウトしてしまったのだろうと思います。
でも「本当に学びたい子だけが残ればいい」ではなく、離脱した子たちが残り続けられるコンテンツや、その子たちが他の子にも紹介したくなるようなプログラムを、提供したいし、提供すべきですよね。
そしてもう一つの課題が、情報へのアクセスです。我々だけが認知を広げる活動をしていても、どうしても届く先に限界があるので、自治体や教育委員会などと連携して、地方の公立学校や先生たちとのチャネルを増やしていくことが来期の目標ですね。
山口: なるほど、その認知を広げるところは、お手伝いできることもあると思います。ぜひ一緒にやりましょう。
——「未来人材の育成」というテーマに戻ると、なかなか機会を持てない人たちへ接点を作りたいという思いは、どんなきっかけで生まれましたか?
西川: さっきの話とも重なりますが、気づいている子は自分達でいかようにも行動できるんです。ですが、なかなか我々が情報を届けられない層や、そういう情報へ自らアクセスできない層の方が、ポンって背中を押してあげたら花開くポテンシャルがきっとある。彼らに経験を提供したときに生まれてくる化学反応みたいなところを見たいし、追求したいと願っています。
山口: 全く一緒です、本当に。まだ自分に気づいていない、可能性に気づいていない、もっと選択肢を広げてあげるべき子たちに対して機会を創ってあげることはきっと尊いですし、日本全体の活力につながると思いますね。
「長期的な視点」と「組織を超えた連携」が今後の課題
——自分から手を挙げない層へのアプローチは、事業として成り立たせにくいところもありますよね。ある程度、会社がその意義に投資したり、助成金を出すことなども必要に感じます。
西川: まさに、「CROSS BRIDGE」の第一期は、経済産業省の「未来の教室」という実証事業の助成金でやらせていただいたものです。ただ、自走プランや普及プランは常に問われるし、なかなか簡単ではないですね。
山口: わかります、助成金はあくまでも立ち上げ支援。「マネタイズ」はこのテーマに取り組む人みんなの共通課題ですね。どの立場の人もきっと同じです。
西川: 短期で数値的なリターンを求められすぎると厳しいですよね。「5年後10年後に、あの経験があったから人生が変わり、最終的にこうなった」と、長尺で見るべきなんですけど。長期視点で考えられる人がまだまだ日本の社会には少ないのかもしれません。
——体験前後のアンケートはお二人も取っていると思いますが、やはり組織は短期的な成果で判断を行う。でも本当はもっと長い尺で見ると、本人さえも自覚していなかった変化があるなど、また違った世界が見えてくる、と。
山口: そうですね。弊社のような民間企業で言うと、さらにどんなリターンが返ってくるかも求められますし。おそらく「べき論」でいったら、本当は長期的な視野で、政治として手を入れるべき領域だと思うんです。
だけど、一市民の立場で不平不満を言ったり待ったりしているだけでは何も変わらない。こうやって、できる立場の人からアクションを起こしていくことで、それが連鎖して広がっていき、世の中も変わっていくかもしれない。もしくは、我々のような動きを見て、国や自治体が動いてくれることもあるかもしれないと期待しています。
西川: 今はいろんな機関がバラバラにやっていて、連携されていないのも課題ですよね。昨年の「未来の教室」の実証事業者が集まった場でも、探求者は増えているけれど、それをまとめるハブとなるプラットフォームがないことが問題に挙がりました。子どもたちや親からすると「どこでどうやって情報を得られるの?」と、情報収集の入り口にさえ立てないのが現状です。我々のようなNPOが草の根でやって変えていけることもあれば、山口さんのような大企業に学校や教育機関へリーチしてもらい主体側に変わってもらうことでできることもある。双方向的にやらないといけないですね。
山口: だからこそ、企業や組織、大人たちのコンソーシアム(互いに力を合わせて目的に達しようとする組織や人の連合体)のようなものを作って、学校や子どもたちに体験教育を届けるような、そんな構想をぜひやっていきたい。
西川: それは素晴らしいですね。ぜひやりましょう!
最後に私がお伝えしたいのは、昨年の実証プログラムに参加してくれた高校生たちには、すでに行動変容が起きているということ。今夏、海外へボランティアに行く子もいれば、起業を考えて動き出した子もいます。あるいは、地元の良さを知って、改めて学びたいという子も。変化の足音が、確実に聞こえ始めているんです。
——お二人のお話を聞いて、同じ方向・同じ未来を目指す人たちが出会うと、足し算ではなく、掛け算的に可能性が広がっていくと感じました。共創のアイデアが共創の場づくり構想までに発展していく流れは、他のビジネスパーソンにとっても大きなヒントになると思います。ありがとうございました。
文/宮部真理子 撮影/鮫島亜希子 編集/丸山央里絵
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