• TOP
  • ACTIVITIES
ACTIVITIES プロジェクト活動
2023.01.17

プロジェクトレポートVol.1

「パーパス時代の『越境人材』をはぐくむプロジェクト」の立ち上げにあたって

この社会を、すべての人が「活きる」社会へと前進させるための実験である“ウェルリビングプロジェクト”。第2弾として、NODE代表の金 均さんが立ち上げるプロジェクトのテーマは、「パーパス時代の『越境人材』をはぐくむ」です。

多くの企業がパーパスを掲げる時代に、新しい事業や価値を創っていくのはどのような人材なのか。企業はこれからどんな人材を採用し、育成をしていけばいいのか。
そのキーワードを“越境人材”と置き、企業の垣根を越えて、今後の私たちの働き方・企業のあり方について考えていきます。

目次

書き手

金 均

NODE 代表取締役

10年働いて、私が気づいたこと

「なぜ私は、毎日金儲けの話ばかりをしているんだろう……」

ある日、私は気づいてしまいました。

外資コンサルファームで働いて10年ほどがたった時でした。新卒で入社し、上司に見いだされ、初年度から最高ランクの評価をいただき、重要なクライアントを任され、毎日深夜まで土日もなく働いていました。有名な外資ファームで評価されていることに、当初はとても充実感を感じていました。

ただその結果、仕事の悩みをもつ友人に「バリューを出さないおまえが悪い」とか、就職で悩む後輩に「ビジネスを甘く見るな」とか、そういうことを話してしまう人物になっていました。いつの間にか友人よりもお金儲けを重視する人間になってしまっていたのです。

衝撃を受けた出会い

そのようなとき、現neumo社長、元beBit副社長の若林龍成さんと出会いました。

若林さんに、「もっと成長したいので新しい視野を持った方と話したい」と相談したところ、大手外資企業の経営者が多く集まるイベントに連れて行ってくれました。そのイベントは、スタートアップや社内ベンチャーに取り組む若者が、経営者に自らの事業をプレゼンをするという場でしたが、最初に聞いたプレゼンが衝撃的でした。

当時の私よりも若い20代半ばくらいの、スーツばかりの場に似つかわしくないカジュアルな洋服を着た女性が、「なぜ人は食肉のために牛を殺すのか」と話し始めました。

「牛は自然と死ぬ。自然と死んだ牛を食べれば、人は牛を殺さなくてよい。そして牛は草を食べる。だから草が豊富な山林に牛を放牧すれば、その草で牛は育つ。現在の自然科学で計算すれば、毎年の降水量、草の発生量が算出でき、何頭の牛であれば放牧しても草が枯渇せず、何頭の牛が自然に死に、食用にできるかを計算できる。
そこで私どもは山林にセンサーを埋め込み、降水量、草の生育状況、牛の生育状況をモニターし、本当に必要な頭数の牛を放牧し、食肉化する事業を始めた。今まではセンサーが高価だったからこのようなことはできなかったが、センサーが低価格化した今、科学的に対応できる状況は整ってきた。」

しかし、「最後の課題としてビジネス習慣の壁がある」と彼女は続けます。

「この事業が損益分岐点に達するには、約50年かかる。山を育て、牛を育て、死んだ牛を出荷し、お金にするには長い年月がかかるのです。しかし現在の株式市場は、5年で損益分岐点に達しない事業は認めてくれません。では誰が5年で損益分岐をしないといけないと決めたのか—それは人間です。人間が5年で採算を取らないといけないと身勝手に決めた結果、自然破壊をしています。こんなくだらないルールは今すぐ破棄すべきです。」

「自然とともに生き、人も牛も山も幸せな事業に投資する人はいませんか。」

私は衝撃を受けました。こんな発想はコンサルファームでは絶対生まれません。おそらく普通の大企業のビジネスパーソンからも生まれないでしょう。

その若い女性の周りは、外資企業経営者(皆が知っているような大手ばかりです)で人だかりができていました。一方、コンサルファームで最高ランクの評価をもらっていきがっている私の周りには、誰も集まってくれませんでした。

自然に生きる牛は集団で行動する。序列はなく、比較的平等な社会構造を持つという(写真はイメージ)

新規事業の生まれる条件

また別の機会に、20億円の企業を2兆円企業に育てた経営者の話を聞きました。

「どうしたら20億円の企業を2兆円にできるのですか?」と伺ったところ、「それは新規事業・新規事業・新規事業だよ。」ということでした。「通常、一事業で儲けられるのは100〜150億円程度。だから1年間に10個成功させれば1,000〜1,500億円になる。それを20年やると2兆円になるよ。」というのです。

「ではどうしたらそんなに新規事業を生み出せるのですか?」と問うと、「100人いたら98人は反対するけれど、本人とその人の仲間の2人が信念をもって絶対に当たると思っている事業に投資するんだよ。」という答えが返ってきました。

世界には多くのビジネスパーソンがいて、誰が考えても確実に当たるような事業は絶対に誰かがすでに始めているので、それはもはや新規事業ではありません。あらゆる新規事業は、ごく少数の人が当たると確信しているが、多くの人はできない、当たらないと思っている状況から生まれるのです。

とはいえ、たった一人では独りよがりになってしまい、事業として立ち上がりません。だからその経営者は「一人仲間を見つけなさい。その仲間が人生を賭けて一緒に活動してくれると話したら投資しよう。」と話しをしているとのことでした。

そうすると新規事業の発案者は、自らの思いを一生懸命にいろんな人に説き、多くの人に無視されたり馬鹿にされたりしながらも、1人仲間を見つけ、その仲間と新規事業を始めるそうです。徐々に事業内容が具体化していくと、その仲間が10人、20人に増えていきます。そして、ティッピングポイント(物事がある一定の条件を超えて一気に拡がる転換点)を迎えたとき、それは事業として成功するそうです。

なるほど、そうなのか、と私は思いました。

当時、私はコンサルファームにいましたが、そのファームが提案した新規事業はほとんど失敗していました。当然です。既に統計されている市場規模からもっともらしい採算性を計算し、コンサルタントが他人事としてクライアントに誰もが納得できるような新規事業を提案しているのですから、うまくいくわけがありません。

新しい価値づくりは、“自らの思い”を持ち、“志を同じくする仲間”をつくることから始まるのだ、と私が確信した瞬間でした。

パーパス経営のムーブメントが意味すること

近年、パーパスという言葉を多く見かけるようになりました。

企業の経営理念は今、経済価値から社会価値の創造へと重点を移しつつあります。現代の企業は、環境破壊に伴う経済至上主義の限界、自由競争をゆがめる権威主義との対決、新たなM/Z世代の価値観への対応、DXと新規事業創造などに向き合うことが求められ、混沌としたVUCAの時代に、常に新たな社会価値を創出していく能力が問われるようになりました。自らが考える“社会に良いと思うこと”を、“市民社会に伝え、皆の支持を集めながらともに事業をつくっていく能力”が必要になったのです。

しかし多くの企業がその変化に苦労しているように見えます。特に日本企業で顕著です。おそらく、終身雇用制度を採用し続けてきたからだと思われます。一つの企業でずっと働いてきたモノカルチャーの環境により、多様な考えの交錯が排除され、あたり前を超えた思考が生まれにくくなっているのでしょう。

一方、現在のコンサルファームもいずれ限界を迎えるでしょう。コンサルファームは、そもそも“お金儲けの相談に乗る”のが仕事で、そこに特化した文化や人材になっているのですが、パーパス時代においてお金儲けではなく社会価値創出が事業そのものの支柱になる中で、お金儲けの思想とは異なる人間性を持った人材こそが重要なのですが、そのような人材を育てる枠組みを持たないからです。

では、どうしたらお金儲けではなく、パーパスに即した人材を育てられるのでしょう。そしてパーパスに即した新規事業を生み出せるのでしょう。

産業僧 松本紹圭さんの教え

企業に勤めている人と対話をする「産業僧」として活動している僧侶。翻訳書に『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(あすなろ書房・2021年発行)がある

先日、世界経済フォーラム(ダボス会議)で「Young Global Leader」にも選出されたことのある産業僧の松本紹圭(しょうけい)さんにお会いする機会がありました。

そこで私は松本さんにこう相談しました。

「私が創業したNODEは、“自由に生きる”を標榜しながら、同時に“思想の強いカルト的な会社”でして、社員に自由でいようと言いながらカルト的な経営をすることに矛盾を感じています。
とはいえ、経済価値で企業を測るのは簡単ですが、社会価値で企業を測るには、思想性(パーパス)が必要で、どうしてもカルトになってしまうのですが、どのように考えたらよいのでしょうか。」

すると、こんなお話をいただきました。

「カルトというのは仏教的に言えば“執着”です。組織がパーパスを追えば、自ずと執着的になります。その中で、個人が自由にいるということは、一人一人が自分の共鳴する思想を選んで働ける、ということです。
人が一つの組織に縛られ、自由度なくカルト的であるのは大問題ですが、人がどの組織からも縛り付けられず、複数組織に所属し、いつでも離れられるという自由を得ながら、自らが共鳴する仕事をしていくことは、自由に生きることと矛盾しないのではないでしょうか。」

なるほど、そういうことか、と思いました。
私の中で、パーパス時代に、越境人材を育む必要性に肚(はら)落ちした瞬間です。

企業がパーパスという思想を追うことと、ビジネスパーソンが越境的に複数組織に所属し、一つの企業にとらわれずオープンに価値を生み出していくことは対でなくてはならないのです。

そして、一人ひとりが越境的な活動の中で多様なステークホルダーと出会い、何が次代の社会価値なのかを実践的に見極めていく。人と人とのつながりの根幹は、経済価値ではなく、同じ志(パーパス)を持つ仲間意識であり、共感の意識であるでしょう。そのようなつながりと実践の先に、結果的に所属する企業に新規事業が生み出され、パーパスに即した事業展開が為されていくのです。

人はなぜ働くのか

「今日の仕事は、楽しみですか。」

2021年秋、品川駅に掲示された交通広告が物議をかもしました。

品川駅コンコースの数十台のデジタルサイネージに、一斉に「今日の仕事は、楽しみですか。」という株式会社アルファドライブによるブランドメッセージが掲載された。価値観の押し付けではないかとSNSで話題になり、わずか1日で出稿は取りやめられた

社会には多様な労働観があり物議をかもしましたが、私はこの広告メッセージには共感します。極論をいうと、今までの労働は、「組織に入って安心を取るか、個人としての競争を取るか」のどちらかだったと思いますが、本当にそんなことのために人は働きたいのでしょうか。

経済成長の限界が示され、報酬が伸び悩む中、仕事にお金だけじゃなく、働きがいが求められる時代になりました。副業ブームが起き、Z世代を中心に自分の志と裁量を求めて、大企業をやめ、共鳴する企業に転職していく人も現れる時代になりました。

企業が、もっとオープンになり、“自分らしく、働き、生きる場づくり”を目指すことが、次代を切り開く人材を集めます。それが企業そのもののサステナブルにつながり、新たな社会・市場・生き方の原動力になる時代がやって来たのだと私は思います。

出典:株式会社学情調査『2024年卒学生の就職意識調査』より

パーパス時代の越境人材をはぐくむ

一方、どうしたらパーパス時代に、新たな価値を生む越境人材を育てられるのかは、まだわかっていません。

今まで、終身雇用でやってきた日本企業が、オープンに越境人材を活用しようとするとき、雇用形態はどうする?労務は?採用は?育成は?報酬や福利厚生は?情報保護やセキュリティは?など、数多くの制度的矛盾が生じています。

理想論はあふれています。しかし、実践的に体系化した組織や経営者にはまだ出会ったことがありません。そして実践的に体系化できていないことが、新しい働き方に飛び込む企業や人材にリスクをもたらし、皆が飛び込めない要因にもなっていると思います。

もしかしたら、従来の日本企業の枠内で考えていては、この答えは生み出せないのかもしれません。

そこで、この『パーパス時代の越境人材をはぐくむ』プロジェクトを立ち上げることにしました。
同じような興味や課題感をお持ちの方たちと、企業の垣根を越えて、どうしたらこのパーパス時代に新たな価値を生む越境人材を育てられるのか。その糸口をぜひ、ともに研究していきたいと思います。

昨年秋に私の経営するNODEで立ち上げた、この『Well-living Lab』に掲げるメッセージをここに再掲します。

===

すべての⼈が「活きる」社会へ

誰かを幸せにできると信じて、自らの意志で動く。
その行動は熱量を発して、人びとに伝播して、やがて大きな力になっていく。

私たちは、熱量を発するその活動を「ウェルリビング」と呼びます。

このラボは、ウェルリビングの実践者やその卵が、
組織や立場を越えてともに学び、共創をしていく実験場です。
情熱や心折れそうになるつらさを分かち合える場でもあります。

すべての人が「活きる」社会へ、一歩ずつ粘り強く進んでいくために。
小さな「ウェルリビング」を生み育てることが、このラボの使命です。

===

日本企業がパーパス経営時代の扉を開け、それにより新しい世代が、“お金のため”だけでなく“人のため”に働くことをあたり前の選択肢として持てる時代を創る。
そのために私も小さな一歩を、しかし粘り強い一歩を、踏み出したいと思います。

PROFILE

金 均さん
NODE 代表取締役

1977年福岡県生まれ。東京大学工学部機械工学科卒業。1999年アクセンチュア株式会社に入社し、外資系コンサルティングを学ぶ。起業・廃業・インディペンデントなどを経て、2014年株式会社beBitに参画し、業務責任者特任補佐に就任。2019年組織にこだわらず自由な働き方でパーパス経営を支援するコンサルティング会社「株式会社NODE」を創業。2022年に熱量を発して活動するビジネスリーダーのためのコミュニティ「Well-living Lab」を立ち上げる。

文/金 均 編集/丸山央里絵

KEYWORD
  • #パーパス経営
  • #越境人材
ACTIVITIES