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ACTIVITIES プロジェクト活動
2023.7.16

あじつぎ(味継)プロジェクトレポートVol.4

ついに1号案件始動!味のバトンを渡したい『あじつぎ』案件との出合い

忘れられない思い出の味――特に地方でお店が廃業するなどして絶えつつあるおいしさを次世代へと受け継いでいくためのプロジェクト、『あじつぎ(味継)』。どんな事業承継の仕組みがあれば、大切な食文化は残していけるのか?
今回はプロジェクトリーダーであり、食をこよなく愛する起業家の佃 慎一郎さんが、後継者不足で事業承継を検討している小規模事業者との具体的な出合いを振り返って、その交渉の過程や一般的なM&Aとの違いをレポートします。

目次

書き手

佃 慎一郎

ティー 代表取締役

なかなか表には出てこない、あじつぎ案件

前回は味を継いでくれる仲間探しの話をしましたが、今回は「あじつぎ」の案件探しの話をしたいと思います。あじつぎ、つまり事業主の高齢化により事業承継を考えている店舗や会社が最近増えているとニュースでは言われていますが、果たして皆さんは具体的な案件を見かけたことがあるでしょうか? 「そう言われてみるとあまり見たことないな…」皆さん、そう感じるのではないでしょうか。

それもそのはず、そもそも規模の大きな事業承継案件は、承継という事象が取引先や従業員に様々な影響を及ぼすことがあり、あまり表に出てくることはありません。そして、あじつぎが対象とするような小規模事業者の承継案件は、小規模事業M&Aサイト上に挙がっており、ユーザー登録が必要です。登録さえすれば、業種や地域や事業規模などさまざまな案件を見ることができます。

これらのサイトでは、事業を譲渡したい会社(人)と事業を譲り受けたい会社(人)が相互に登録し、事業譲渡のマッチングが支援されています。サイト運営者の多くは、情報の登録や閲覧、譲渡が成立した際にマッチング手数料等を得ることで事業を行っています。
従来のM&Aサービスに比べると安い手数料で事業譲渡が可能なこともあり、以前に比べ事業承継を含めた事業譲渡の裾野は広がっていると思います。(僕自身も以前これらのサービスを利用して事業譲受を実施したことがあります。)

ただ、あじつぎが対象としている、現事業者が高齢で後継ぎもいないので廃業しようと考えてしまう小さな家族経営のような会社は、これらのサイトへの登録作業に対する経験やノウハウがなく、手数料等の金銭的な不安、デジタルサービスへのリテラシー不足もあり、結果としてサイトへの登録が進まず、情報が表に出てきにくいという現実があります。

では、あじつぎのような小規模な後継者のいない事業承継案件はどのような場所に存在しているのでしょうか。実際、小規模事業者を支援する金融機関や士業、たとえば地元密着の地銀や信用金庫、税務業務等を支援している顧問税理士さんが持っていることが多いです。
しかし、彼らの保有する承継情報にはなかなか外部からアクセスできません。僕自身いろいろな地方を回り、その地方の金融機関を紹介してもらって面談等を重ねてきましたが、僕がその地域にとっては部外者だったということもあり、具体的な案件紹介に至ることはありませんでした。

地元に密着する企業同士で情報が交換されることが多い(写真はイメージ)

事業承継・引き継ぎ支援センターとの出合い

そのような状況下で、他にあじつぎ候補の案件探しの方法はないかと探す中で出合ったのが、「独立行政法人 中小企業基盤整備機構」が運営する「事業承継・引継ぎ支援センター」(以下、引継ぎセンター)でした。この引継ぎセンターは公的機関が運営していることもあり、ノウハウも費用もない小規模な事業会社も多く登録されています。(なお、各都道府県単位で登録されており、仮に埼玉県での事業譲受を希望する場合は、埼玉県の引継ぎセンターへ登録する必要があります。)

実際の事業譲受希望者の登録・案件紹介は、下記のステップで進みました。

1) 引継ぎセンターへの面談の約束(ウェブ経由や電話)
2) 引継ぎセンターの担当者と面談
3) 引継ぎセンターへ登録書類の提出
4) 希望に合った案件があればノンネーム(概要情報のみ)で案件紹介
5) 互いに承継希望条件に合致すれば詳細情報開示
6) 引継ぎセンター担当者立ち会いでの面談

全てがオンラインで完結する訳ではなく、面談や書類の提出など実際に直接会って進めていく手間はかかりますが、法人個人限らず誰にでも門戸は開かれているため、小規模事業の事業承継を考える場合には大事な情報提供元と言えます。

そこでさっそく僕は「あじつぎ」プロジェクトを進めるべく、とある県の引継ぎセンターへ登録し、昨年から今年にかけて複数の案件を紹介してもらいました。
紹介された案件は社長以下数人で運営されている小規模な食品製造卸売業や、数十人規模で運営されている食品製造加工業などです。小規模M&Aサイト上でもあまり見つけることができなかった地域密着企業であり、まさに「あじつぎ」プロジェクトとして前向きにサポートを検討したい案件でした。

小規模事業者を理解し、交渉を進める重要性

今回、引継ぎセンターによって案件探しは一歩前進しました。その過程で、小規模事業の譲渡希望者の特徴や引継ぎセンターから紹介を受ける際に気をつけるべき点がいくつか見えたので、ここで少し皆さんに共有しておきたいと思います。

まず、引継ぎセンターが公的な機関で紹介に際して費用が発生しないという気軽さなどから、事業譲渡する意思を完全には固めていない事業者が多くいらっしゃいます。そもそも自分の代で終わりにしても良いと考えている方さえ一定層いらっしゃいます。
そのような譲渡希望者は、引継ぎセンターの担当者を通じて実際の譲受希望者の存在を体感し、各種の条件に触れることで事業譲渡の実感を高め、初めて譲渡の是非を判断するというプロセスを辿ります。よってすぐに譲渡条件の交渉に入るということはなく、相互理解の時間が必要という点を事前に理解しておく必要があります。面談において、小規模事業者は譲受希望者の人柄や思い、自分の事業への共感度を重視しており、金額やタイミングといった譲渡条件のみで判断が決定されるわけではないことも発見でした。

譲渡希望者が能動的に譲受希望者を探すことは少なく、多くの場合は引継ぎセンターの提案を受けて、譲渡希望者の検討がスタートします。なので、引継ぎセンターの担当者に譲受希望者である自分たちのことをきちんと理解してもらわなくてはなりません。事業譲渡希望者が前向きに譲渡を検討するか否かは、引継ぎセンターの担当者の方が事業譲受希望者である僕たちをどのように説明するにかかっているからです。

何度も面談を重ねながら、特に譲渡者が持つ疑問や不安の解消を進め、一般的な事業譲渡のいわゆるデューデリジェンスとして想定されている以上の時間をかけて丁寧にお互いの理解を深めていきました。今回は具体的な交渉に入るまで半年ぐらいかかっており、今後も具体的な交渉のテーブルにつく前には最低でも3カ月はかかるでしょう。

また、自分の事業を過小評価している事業主が多いのも小規模事業者の特徴かもしれません。現在の事業主はあくまでも現状を踏まえて自社を評価していて、第三者視点での事業評価はあまりできていません。たとえばECによる販路拡大や、商品改善による売上拡大の可能性を秘めていること、卸売りから小売への事業転換等による事業成長の可能性までは把握できておらず、それゆえ事業承継してまで自分の事業を継続させる必要はないのではないかと諦めてしまう事業者も多いのです。
事業譲渡希望者が承継後の未来を前向きに考えられるよう、こちら側から将来の可能性について事業主に提案することも、小規模な事業承継を推進するためには大事な取り組みだと思いました。

高齢化が進み、後継者が見つからず、事業承継を検討している小規模事業者が多いのは紛れもない事実だと思います。ただ、今回のプロセスを経て、あじつぎの対象となるような小規模事業者の考え方や特徴を正しく理解し、事業譲渡希望者が安心して事業を任せたいと考える譲受希望者が少ないことも、承継されず廃業が増えている大きな要因だと感じました。

事業承継を希望するあじつぎ事業者は「食の職人」であることも多い(写真はイメージ)

ついに「あじつぎ」第1号案件が始動!

そして今、あじつぎプロジェクトではひとつ具体的な案件が進行中です。

譲渡希望者との複数回の面談も終わり、相互理解も深まり一定の信頼関係が構築できてきました。現在は、今後も継続的に事業を拡大するための事業アイデアについて実証実験を行う段階に入っており(このような譲渡事前協業ももしかしたらスムーズな事業承継には必要なステップかもしれません)、小さくても一定の成果が見えた段階で実際の承継交渉に入ることが決まっています。
なお、今回譲渡希望の社長さんは国産の原料だけを使って、健康に良い食べものを世の中に提供したいという想いでこれまで何十年もこの商品を作り続けてきた方です。僕もこの会社を紹介されてすぐに商品をいただきましたが、同じジャンルの他の商品よりはるかにおいしく、しかも身体に染みこむような滋味深い商品だと感じました。まさにあじつぎプロジェクトのコンセプトどおり、この世の中からなくしてはいけないと思えた商品でした。
商品のリニューアル、製造の円滑な引き継ぎ、事業の成長戦略などまだ詰めなければいけないことは多くありますが、ものすごく可能性を秘めた事業承継案件になりそうで、個人的にはとてもワクワクしています。

今回のプロジェクトを進めるうちに、承継する上での課題はより明確になってきました。課題への対応策をいろいろと試行する中で、おぼろげながらも小規模事業の事業承継の円滑な進め方が見えてくるのではないかと考えています。具体的な案件の中身や進捗については、次回以降、このコラムの中でお知らせしていきたいと思います。歩みが遅いなと個人的に思うところもありますが、今回のような具体的な案件にご縁をいただけたことに感謝して、今目の前ですべきことを着実に実行し、あじつぎプロジェクトを具体的に前に進めていこうと考えています。この先のプロジェクトの進展にどうぞご期待ください。

なお、もし個人的にもう少し詳細について知りたいと思う方がいらっしゃれば、ぜひご連絡をいただければと思います。まだ公(おおやけ)にはしにくい進行中の案件が現在直面している課題や、その対応策の具体的な話をすることができると思います。ご連絡お待ちしています。

PROFILE

佃 慎一郎さん
ティー 代表取締役/NODE 客員ディレクター

千葉県生まれ。早稲田大学教育学部を卒業し、アクセンチュアに新卒入社。その後株式会社アイスタイル取締役として@cosmeの創業に携わる。株式会社アイスタイルにおいては@cosmestore、@cosmeshoppingを管轄する子会社の代表取締役を歴任。アイスタイル退職後はbeBit取締役、株式会社パンパシフィックインターナショナルホールディングス執行役員兼CDOを経て、現職。
株式会社ティーにおいてはこれまでの事業経験を活かしハンズオン型の投資事業を行い、旭川市の食料品小売事業や演出塗装事業など複数の会社に投資、伴走型経営を行っている。お茶が好きで、社名にするほど思い入れが強い。

文/佃 慎一郎 編集/丸山央里絵

KEYWORD
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